anti dope anti sport

今年のツールはここまでのステージが、去年までと比べて楽しく感じられるのはどうしてだろう。選手のプロファイルがある程度頭に入ってきたのもあるだろうし、巷間話題となっているランスの復活や日本人選手の活躍も大きい。これで、いつものようなドーピング発覚による出場停止などが起こらなければ、より楽しめるんだけどなあ。それにしても毎年必ず違反する選手がステージ半ばで拘束されるのはナゼなのだろう。

これはわたしの勝手な憶測に過ぎないが、あれは欧州スポーツ界のダークな部分がチラリと顔をのぞかせる瞬間なんじゃなかろうかと思う。その歴史背景、伝統や経済効果など、スポーツイベントとしてツール・ド・フランスはトップクラス、関係する機関や人間も相当なスケールなわけで、サッカー選手の代理人みたいに訳分からん人たちが絶対暗躍しているに違いない。だから、莫大な利益をめぐって毎年綱引きが行われて、負けた方がドーピング情報を当局に流して、レースの雰囲気を台無しにするような動きにでる。これはまったくの私見だが。

ひとことでドーピングといっても、各スポーツによって基準はまちまちで、サッカーなどリーグごとに違う。だから、イングランドでは問題なくてもイタリアではアウトとなるケースもあるらしい。昔ヤープ・スタムというオランダ人選手がManUtdからMilanに移籍してすぐ検査で引っかかったことがあって、原因は国(リーグ)による基準の違いだったと記憶している。

さて、自転車ロードレース界の基準は具体的にどんな感じなのだろうか?以下の記事に分かりやすく記されているので、その中から一部抜粋。

http://www.actiblog.com/cyclingfan/40493

禁止薬物が非常に多く、現在自転車ロードレースでドーピングと呼ばれているものは日常にあふれています。近くの薬局やコンビニでも売られているものまでが対象となっているのです。たとえば、仕事の疲れを取るために誰もが飲むような栄養剤は必ず引っかかります。風邪薬も同様です

んでもって、全選手が検査対象、24時間いつ抜き打ちテストが行われるかわからないという何だか大変なことになっている。ランスのTwitterでも抜き打ちが行われた時はいちいち報告されていておもしろいが、そういう呟きからは徒労感ばかりが漂ってくる。オフィス勤務のデスクワークならいざしらず、1日の走行が200キロを超えることだってあるスーパーアスリートにこの基準は聴いただけでも厳しいと思う。オレなんか自転車通勤したあとはアミノバイタル飲まないと翌日使いものにならんからな。自転車ロードレース界の目指してるところがイマイチ分からん。

voice out

平日の朝、家にいるときは、子どもたちの宿題に含まれている音読の聞き役を務めることになる。教科書のときもあれば、自分の好きな本をピックアップするときもあるようだ。いつもボーっとしながら聴いているので、きょうは長男の宿題が片付いたあとに私が読むのも聴いてもらうことにした。で、たまたま手元にあった「ランボウ全詩」から適当に選んだのが「轍」。タイトルからして小学校4年生には読めないよなあ、と思いつつ。いきなり漢字多いな・・・靄ってどう読むんだっけ?ああ「もや」だ。といったようなことを、読み上げながら、頭の中で並列処理していく。もちろん初見だが、こちとらいいとこ見せたいばっかりに脳みそフル回転、短い作品だけどけっこうな脳力が必要だった。なんとかつっかえることもなく読み終えることができたが、聴き終わった長男は「よく分からない」、当たり前だよな。ランボウのイリュミナシヨンってたぶん古地図みたいなもんで、いまの子どもたちが興味を持つにはハードル高すぎなのかも、あ、オレにとってもそう。いちおう「轍」の意味だけは説明しておいたが。

粟津則雄翻訳のランボウはよくよく読んでいくとちょっと凝った語句が多い。「轍」だけでも、さっきの「靄」、まあこれは読めるかもしれないが自分じゃ書けない部類。「夢幻劇」というのは多分夢のなかの劇?「疾駆」意味は分かるけど使わないよなあ。「曲馬」曲芸をする馬、サーカス団にいるのかも。ほかにも分かりそうで分からない言葉が多い。「止め縄」、「牧人劇」、「夜間用の幌をかけた柩」、「前立を立て」、「だく足」などなど。短い詩のなかにはたくさんの象徴的な語句が埋め込まれてるのを、粟津が豊かな日本語に変換しているというわけだ。100年以上前の作品だけど、「古地図」を読むように、そういった言葉を手がかりに読み解いていくのが楽しみ方なのだろう。だから、あーめんどくせーなーとか思った時点で負けである。ヘラブナ釣りと同じ。といってもやったことないが。むろん古地図なんて手にしたこともない、すべて想像にすぎない。勝ち負けなんてどーでもよいのじゃ。

でもイリュミナシヨンだからねー。100年以上前のイメージを伝えることができる、という可能性がすごいのか。フランス語で聴いたら音がかっこいいのかもしれないし。だいたい意味よりも、音響というかサウンド派なのだ、わたしは。ということでフランス語音声ファイルを探し出して聴いてみたけど、100年前の映像は残念ながら見えてこなかった。

むしろ、グーグルの翻訳サービスによる日本語訳がファンキーで秀逸、気に入った。以下「轍」の訳。

夏の夜明けの葉とはガスや公園のこのコーナーのノイズと、右の轍のついた道路盛土呼び起こす高速マイルのウェットその代わりに紫色の影を残した。 パレードféeries 。 実際:戦車を全速力で20サーカスの馬と子供と男性は、ほとんどの牛の発見金色の見事な木の棒や色のファブリック、動物ロード; – 20車両バンプ、テイルズ古い砦やコーチと子供attifésでいっぱいの郊外の田園と花。煙夜の天蓋の下で-棺黒檀も上昇し、回転する大規模な青と黒馬繋駕速歩レース。

ね、何だか新鮮なイメージが涌いてくる。とくに「動物ロード; – 20車両バンプ」って何のことかさっぱり分からないけど、ぶっ飛んでる感じがステキ。こっちのほうがランボウの見てたものに近いんじゃなかろうかとさえ思う。すごいぞグーグル翻訳。

最後にセイゴウの熱い、というか暑苦しいランボウに関するコラムご紹介。

via 松岡正剛の千夜千冊

アルチュール・ランボオ 『イリュミナシオン』 1951 金子光晴 訳 角川文庫
Arthur Rimbaud : Les Illuminations 1875

A dinner at Kanda

ラーメン あたみは神田駅のそばにある変わった店だ。忙しくて夕食を逃していたわたしが仕事帰りの道すがら、何か食べるものはないかと探していたところに飛び込んできたのが黄色い旗の「あたみ」。予定としてはガード下にある有名な卵料理の店、もしくはクイックな吉野家という感じだった。しかしラーメンも悪くない、と店先に出てるメニューを見てみると比較的安い値段で食べられることが分かったので、ちょっと奥まった入り口へと向かった。「夜はお酒飲めます」という但し書きが気になったが。

そして、はめ込みガラスの引き戸を開けると、そこはには仕事帰りのおじさんたちが焼酎を傾けながらラーメンをすする姿があった。当たり前か。しかし、ラーメンのメニューはあるのに、飲み物のメニューは店内を見回しても見つからない。あすも仕事だから飲む気もなかったので、とくに気にしなかったが、どこかで見たようなブランド焼酎の一升瓶が一番目立つところに並べてあり、焼酎が売りなことが分かる。

そして、わたしは野菜ラーメンをチョイス。650円。自家製麺にしては安い。そしてこのエリアには私が人生でもっともマズいと感じたラーメン屋もあったので、不安がないわけではなかったが、それはそれと腹をくくって待つ。主人は悠々とフライ返しを手にすると、使い込んだためか、はたまたそれがスタイルなのか先端が激しく反り返った金属部分を使って不器用な感じで野菜を炒めると、つぎは麺にかかった。

おーこれが自家製なのかと思うまもなくお湯に投入され、しばし待つこと3分くらい。しかし、まだ上げない。それからしばらく麺を慈しむようにお湯の中でかき混ぜ続けるオヤジ。あー失敗したか・・・という思いが頭を過ぎる。椎名誠の本を読んで、ラーメン屋に緊張感があってはいけないと書いてあったが、ここはそんな緊張感とは無縁な世界である。いつまでたっても麺をゆで続けるマスター。あれじゃグダグダ麺になっちゃう、と半分あきらめたころようやくスープを準備、満を持して麺を器に上げると先ほどの先端が反り返ったフライ返しでまたまた不器用に野菜を盛る。ここまでで私の期待値はかなり低くなっていた。

そしてようやく私の目の前にレンゲを添えられて登場。

スープをヒトすすり。悪くない。そして麺をほお張った次の瞬間、ムムム。こ、こ、これはいったい。どういうわけなのか。この腰はいったい。麺がウマイ。野菜も歯ごたえを残した絶妙の炒め具合。これはおいしい。あとはゆっくり味わいながら最後までいただいた。店のプレゼンテーションとこのラーメンの完成度。なかなか結びつかないと思う。夜23時までの営業は呑み助オリエンテッドな姿勢ながら、店の中にはラーメンのメニューのみというわけが少し分かった。ここはラーメン屋なのであって、けっして飲み屋ではない。あしたは酒を頼んでみよう。

ways to review

椎名誠の本をたまたま図書館で見かけたので初めて借りてみた。「ナマコのからえばり」と「続・怪しい雑魚釣り隊 / サバダバ サバダバ篇」の2冊。どちらも雑誌連載をまとめたもの。どこの書店に行っても必ず置いてあるから、たくさんの人に求められる売れっ子なのだろう。本文の中でもどれだけたくさんの原稿を抱えているかに触れている。でも実際読んでみて、お金を払って読む価値ないよなあ、と思った。だからオレは変わり者なのか、この感覚が分からない。これに1000円以上払うんだったら新宿中古センターでDevoのCD買うことをお勧めする。てか単行本にしちゃアカンよ、雑誌のコラムで十分、病院の待合とか美容室で読むので事足りる。一生懸命創作してる若い作家を育てるために出版社はお金を使うべきだ。

・・・なんだか悪口ばかりになってしまうので、気持ちを切り替えてポジティブに。

さすがである、椎名誠。非常におもしろい。書店を訪れて、見かけないことがない超売れっ子。今回は図書館の目立つ棚、フツーは新刊が中心に置かれている場所で手に取る機会があったので、モノは試しと借りてみた。酒、食、アウトドアといった趣味の世界に邁進して、オマンマいただけるわけだから、何ともうらやましいポジション、孤高の存在といっていいだろう。「ナマコのからえばり」と「続・怪しい雑魚釣り隊 / サバダバ サバダバ篇」の2冊。椎名節炸裂で、とりあげるテーマ、語り口などキラキラ変化して飽きさせない、笑える。が、オレは読まなくてもいいな、とも思った。わたしの限られた時間、少ない知的リソースをこれらの本に配分する必要を感じない。だって手先だけで書いてるもん。脳みそ使ってなさすぎ。これが、椎名誠なのか。

ダメだ・・・どうやってもポジティブな感想が書けない。ホントおもしろいけど、図書館で借りるなり、待合室の雑誌で読むべし。あなたの知的、経済リソースは別のものに投下するべきだ。とかいいつつ、トイレに行くときについ手にとってしまう。疲れたとき、リラックスしたいときにちょうどいい本なのかもしれない。文豪ばかりじゃ、逆に疲れちゃうもんね。そうか、そういうことだったのか。

アホか。

rainmaker

残念ながら雨になってしまった。実母がくじ引きで当てた日産スタジアムでのJ1横浜(Fマリノス)対大阪(ガンバ)のロイヤル・シートを頂戴して長男と行ってきた。ロイヤル・ゼリーみたいなものなのか。雨は防げるし、試合もとても見やすい、確かにロイヤルな感じかも。スタジアムに入って席に着くと客が少ないせいか、ビールを売り歩く人たちが巡ってくる回数が味スタに比べとても多く、これで快晴だったらと思わずにはいられなかった。いちおうなんちゃってFC東京サポーター、普段は味スタばかりなので、雰囲気の違いが楽しめて良かった。

ただ売店が少なく、売ってるスナック類も少なすぎ。あれだけビール売りがいるのにちょっとバランスに欠ける。あと天候の影響もあるかもしれないけど、メインスタンドのロイヤルシートっつうのはこんなものなのか、まったく盛り上がらない。味スタはそれほど大きくないので一体感を持ちやすいが、ここ(日産ス)はでかすぎるのだ。本日の入場者数25,610人は、この規模にあった観客数とはとてもいえない、まったくのスカスカ。同じ数が味スタに入ってたらけっこう盛り上がる数なのにだ。

実際、この巨大な施設の維持にいくらかかるのか知らないが、相当な金額だろう(とにかくデカイのだ)。これじゃあ日本のサッカー協会がホームゲームをセットアップして、少しでもその足しにしたくなるのも分かる気がする。しかしだ。先日行った埼玉スタジアムでは、同じ雨でもお客さんはたくさん入ってたし、ずっと盛り上がってたのをみてしまうと、クラブ側の努力が足りないのでは?と思わざるを得ない。

ただでさえ、フロントに問題あり、との印象が強いクラブだけに、中沢やマツ松田、山瀬などの選手がいなくなってしまったらどーすんだろ。大きすぎる箱と貧弱なクラブ経営術。アメリカではGMが破綻してしまうような経済状況なのに、日本はそんなに悪くないのか?GKのミスで自滅したFマリノス、そう遠くない将来にバランスを崩して破綻してしまう、そんなさびしいハナシを想像してしまった。

そーいえば家を出るのが遅くなってしまい、東京駅から新幹線のぞみ31号を使った。久しぶりに乗ったけど、相変わらず早くて快適だねえ。

apart

新人として1年余り、ともに仕事を担ってきた一人の若者が、今月限りで職場を去る。同僚といっても私より一回り以上も若い前途ある若者。やんごとなき理由により、本人の意思に反しての「円満退社」である。夜勤明けの引継ぎが終わって、同僚として最後の会話を交わすと、気のせいか彼の目がウルウルしているようにも見えたが、気のせいか。

彼にはずいぶんと偉そうなこと、厳しいことを言ったし、腹も立てたが、性格的には何の問題もない、と思う。仕事の仲間でなければもっとお互いの理解を深められた可能性もあっただろう。派遣切りという言葉が聞かれて久しい昨今、正社員でなくなる彼がどのような思いを胸に抱いているのか知る由もないが、まだ20代独身。わたしに言わせれば、今から何でもできる年齢だ。もうすでに次の職場が決まっているらしいから大きなお世話だろうが。

彼に対して厳しい態度で臨むことは、見本を示すという意味でも、自分の仕事をしっかりこなさなきゃいけないわけで、彼の存在によって気がつかされた部分も多い。そして最後の最後まで同じチームのメンバーたちと彼がどうやったら仕事を続けられるか、懸命に考え努力したし、彼も同様にベストを尽くしたと思う。しかし結果として長い目で見ればチームとしてのパフォーマンスを低下させてしまう可能性が高いという判断をせざるを得なかった。厳しいといえば厳しいし、当然といえば当たり前なことかもしれない。

ただ、いつか彼が化けてくれるんじゃないかという期待が、いつまでも消えなかった気がする。どこかで、私たちの指導、教育が十分じゃなかったのではないか、まだ改善の余地があったのではないかという思いである。ある時期、この若者を一人前にすることができたそのときには、周りにいる私たちも相当な成長を遂げているはずだと確信に似た気持ちさえあった。これって何だか宗教的だよなと思いつつ。

とはいえ、世の中何がどう転ぶか分からんし、彼が世界的な成功を収めないなんて誰も明言できない。そうじゃなきゃオレだってやってられない。

The Wrestler

映画「レスラー」泣きました。ミッキー・ローク主演の映画で自分が泣くことになるとは思わなかった。ほんとは「グラン・トリノ」見たかったのだが、もう影も形もなし。しかたなく、といった感じで、妻も半分クエスチョンマークを頭の上にくっつけていたけれど、町山智浩の2008年ベスト映画の記事を見せたり、ヴェネツィア映画祭で金獅子賞を受賞してることなど説明して同行に同意を得る。

しかし立川Cinema Cityはスクリーンの数が多く、場所も別れているので、もっときちんと調べておくべきだった。Webで予約してテキトーにあたりをつけてスタートぎりぎりに到着したら、違う場所を指示され、すでに上映開始時間を過ぎているので次回以降の上映になると言われ、見てみれば次は16:00。さすがに6時間も待つことはできない、と伝えると、窓口の女性はすぐに上映館のスタッフに電話連絡してくれて、遅れて2名途中入場できるよう手配してくれた。すばらしい、使えるスタッフだ。立川Cinema Cityブラボー!

で、ドリンクも買わず(というかカウンターはすでに片付けられてた)、駆けつけたらちょうどオープニング・クレジットが終わるところ。まどぎわ通信を読むと、その冒頭のシークエンスが重要らしいのだが、見逃したものはしょうがない。ただ、それがなくても主人公の置かれた境遇は、パイプ椅子に腰掛けてうなだれるミッキー・ロークの背中ですぐに理解できる。プロレスの世界もユーモアたっぷり、というかユーモアあふれるプロレスの世界を愛情を持って描いているところも好きだ。そして日本で先日亡くなったレスラーのことを思い浮かべながら、複雑な気持ちで見終わった。

家族という社会のセーフティネットはメンテナンスなしでは肝心なときに機能しない。だから、リスクが高くても、より居心地のいい「現実」を選択せざるを得ないんだよ、四の五の言っても痛いのはヤダからね、というのがこの映画のメッセージ。・・・なのだろうか。そんな悲しいプロットがロークにフィットしすぎだ。ホント泣ける。齢を重ねて相変わらず可愛らしいマリサ・トメイも、どん底の不安感を顔面に作って秀逸。

帰り道にラーメンスクウェアでつけ麺、妻はラーメン食べた。ここは、店の入れ替えを前提にしているのだろうか、インテリアとラーメンの印象がちぐはぐな空間だった。やはり店の雰囲気は、細部まで含めて、その味に影響を与える重要な要素なのだ。

certification

国家資格なんて縁がないものと思っていたが、仕事の関係で試験を受けることになって、2度目にようやく合格。もともと試験は苦手で、これまでの人生でうまくいったためしがなかったが、今回だけはけっこうしっかり準備できたので、最もグレードの低いクラスとはいえ、合格には自信があった。で、証書がいま話題の総務省から交付されるのだが、これまた申請に手間と時間とお金がかかる。何だかいいカモにされてる気がしないでもないが、せっかく合格したんだからという気持ちのほうが強い。

人形町の「うぶけや」は店構えと、応対してくれるおばあさんが絵に描いたような老舗モードでその空間だけ雰囲気が違う。それを伝統というのだろう。こちらも私にはあまり興味のない世界であったけれど、きょうは砥ぎに預けていた包丁があって、久々に江戸の空気感をしばし味わった。よく切れるようになっているといいな。

ここ最近、橋本治の「窯変 源氏物語」を読んでいて、いま4巻目。全14巻だから、まだまだ先は長いけれど、大変に面白いのでけっこうなスピードで読み進める。もちろんオリジナルは1000年近く前に書かれたわけだから、風俗や言葉使いなど現在とはかけ離れてる。しかし、そういったギャップを橋本治が埋めてくれるので、真髄がずんずん伝わってくるんですな。もう21世紀に暮らしながら日本人てほとんど変わってないんじゃないかと思えるくらい心情的には理解できる。光の君がやってることはトンでもないけどね。

たとえば、いまセレブといわれる人たちがやってることって、どんだけ衣装に工夫を凝らしているだとか、いい車に乗ってるだとか、いい仕事を得ているなどなど、ほぼ外面的なことについては平安時代とやってることは変わんない。ただ、教養的なところとかは文(ふみ)に技巧を凝らした歌を書いて送るのが、メールで絵文字大盛りの送信に取って代わって、何でもググれる割には求められる知的リソースの度合いはずいぶん低くなっている気がする。つまり、現代は自分の脳みそ使ってない人がどんどん増えてるんじゃなかろうか。そのへんは何をもって知的とするのか、その基準にもよると思うが。

move

とても重いサイトになってしまったので、http://weblog.nozacs.com へ一時引越し中。あまり変わらないような気もするけど。RSS Feedを購読の方は再登録してくださいませ。

結局、あまり変わらないので、差し戻し。10月以降にサーバ変更しようか検討中。

family matter

週末、次男の幼稚園で一緒だった地元の親たちが集まって清里、八ヶ岳に小旅行。家族はどこでも似たようなところがあって、小さい男の子はやんちゃで人の話を半分くらいしか聞いてないから、最後はゲンコツを喰らったり、強制的に命令に従わされたり、小さいけれど親子間で激しいやり取りがあるのが良く分かる。子どもたちは今回の旅行でいったい幾つのソフトクリームを平らげたのだろう、とフト写真を見ながら思ふ。高速道路のPAでも食べて、乳搾りしたあとに食べて、八ヶ岳の観光スポットになっている牧場を訪れ、数十人が行列しているソフトクリームを食べて、と日本人ってソフトクリーム大好き民族だよなあ、との感慨を新たにした。わたしは食べなかったけれど。そして旅館の大きな風呂は楽しい。とくに他にお客さんがいないときなど、けっこうハチャメチャ。次男は背泳ぎしてた。あと、高原は涼しいが直射日光は強い。気がつかないうちに日焼けしてた。印象的だったのが、草むらで鳴く虫たちの声。あー昔は良く聞いたよなあと懐かしい気持ちでいっぱいになった。帰りの高速道路はこれまで体験したことないほどの強力な渋滞だったけれど、楽しい旅行だったせいか、ヘラヘラ笑いながらPrinceとかをハミングしつつ過ごしたから気にならない。あーこーいうときにDVD観れるといいんだけれどねー。