
wwwwwwwwwwww123: (Xユーザーのすぺさん: 「このくらいのノリで仕事してぇ…
愛されることに慣れすぎたくない。とは思いつつ、他人から向けられるやさしさを受け取ってばかりいる5月だ。わたしはきちんと他人からのやさしさに報いることができているだろうか、と思いつつ過ごす。
愛されることに慣れすぎたくない。とは思いつつ、他人から向けられるやさしさを受け取ってばかりいる5月だ。わたしはきちんと他人からのやさしさに報いることができているだろうか、と思いつつ過ごす。
わたしの処女作である10万字くらいの下手くそな小説があるのだが、その作品が好きでたまに読み返しているという匿名メッセージが来た。それをきっかけに、その作品をわたしも読み返すことにした。もちろん文章は拙いのだが読めないということもなく、そしてその中には愛されたかった過去の自分のさみしさみたいなものが透けていて、こんな小説、今の自分にはもう書けないなと思った。
書けるテーマが変わっていっても、わたしはきっと、そのときに抱えている悩みを物語というかたちで消化するのだと思う。当時は寂しさという感情との向き合い方に思い悩みながら物語をつくっていたが、今は別のことを考えながら物語をつくっている。結局、排泄したいだけなのだ。それでも好きと言ってくれるひとがいるのだからありがたい話である。
恋人と付き合ってウン年記念日だったので、彼は有給をとり、わたしは大学の演習授業をさぼって金曜〜土曜にかけて隣県の某温泉旅館に。外泊なのに家に帰ってもまだ土曜日なのって幸せかもね、と言い合いながら美味しいご飯をつつく。ここは2024年の12月にも来たことがある宿で、夕食に肉や天ぷらが出ない代わりに海鮮がたくさん出るという、脂っこいものが苦手なわたしたちにとってはかなりありがたいメニュー構成だったことからわたしたちのなかで良い旅館だと話題になっており、奇しくもリピートすることになった。
夕食を摂ってから食事会場を出るとき、スタッフのお姉さま(年配の方)に「ちょっと」と声をかけられて、「すてきな彼じゃないの!」とこっそり言われた。「はい、すてきな彼です」と返事をした。こういう旅館でスタッフの方に容姿を褒められることはたまにあれど、それはいつもわたしの方だった。だけどはじめて彼の方が褒められた。べつに悪い気はしない。しかし後になってから、ふつうに「ありがとうございます」と言えば良かったと後悔している。こういうときにじょうずな言葉を発せる瞬発力が、コミュニケーション能力なのかもね。
たまたま彼側に置かれていたご飯のお櫃。べつにそのままでいいのに、お姉さんからお櫃をわざわざ手渡された。つーかなんで手渡すんだよ。だけどわたしは何食わぬ顔でしれっとそれを彼に渡し直すことができる。わたしはお姫さまだから、なんにもやりません。ねえ、おまえだけは何があってもわたしに尽くし続けて。わたしのために何でもして。
彼からプレゼントと一緒に手紙をもらった。はじめて彼から手書きの手紙を貰った。受け取って、読んだ。わたしは可愛くないから、嬉し泣きができなかった。泣きたいくらいに嬉しかったのに、やはり泣けなかったのである。そういう自分がちょっぴり嫌いだ。
努力しているあなたが好き、とよく言われる。
今彼からも、元彼からも、男友達からも、女友達からも。みんなわたしを指差して、努力していてえらいとか、努力できるところが好きと言う。
どちらかといえば、今まで、努力しないと愛されなかったから。努力しないと得られないものが多すぎたから。わたしが努力をするのはゼロをプラスにするためじゃなくて、マイナスをゼロにするためだったからだ。
わたしが努力しなくなったら、上に書いたひとたちは、わたしのことを嫌いになるのだろうか。と、たまに思う。本当にそうなってしまうのが怖くて、わたしは頑張ることがやめられない。進学校に行ったとか、GPAが3.9だったとか、自分で給付奨学金をたくさん取ってきたとか、難関の院に受かったとか、首席になったとか、入学金と学費免除になったかとか、ぜんぶ、ぜんぶ、生きるために、親に迷惑をかけないようにやってきたことが、ふつうの家庭出身の人だったらそこまでしなくてもよかったことが、どうしてもわたしには必要だったからそうしてきたというだけだ。それらの華々しい成果を指差して、やっぱり努力できるあなたが好きって言われたら、あなたが好きなのは努力しているわたしではなくて結果を出したわたしなのでは? と思ってしまうのが不健康。
相手に悪意はないとわかっている。だけど、もういいよ、努力しているわたしじゃなくて、お願いだからわたし自身を愛して。冒頭で、「愛されることに慣れすぎたくない」って書いたくせに、わたしってやっぱり傲慢ね。だってやっぱり愛されたい。ありのままを愛されてみたかった。
忙しくて死にそう
忙しくて死にそう
休みがない、友達と会えてないが同時に来ると毎回「忙しくて死にそう」って定期的にくる。
休みはすぐ取れない、友達との予定はもう少し先ってときにはとりあえずこの言葉を言うことにしてる。
それでなんとか、心の均衡を保とうとしている。
Newsstand in the 34th Street Station, New York City, 1985. Photo by Janet Delaney.
Newsstand in the 34th Street Station, New York City, 1985.
Photo by Janet Delaney.









