tiga:  江戸時代から第2次世界大戦まで、飛騨、信州にとって「ブリ街…

tiga:

 江戸時代から第2次世界大戦まで、飛騨、信州にとって「ブリ街 道」の役割は大変大きなものでした。
 富山湾であがったブリは、越中ブリとして牛の背に揺られて飛騨街道を越えて高山に入り、飛騨ブリと名前を変え、さらにボッカの背で野麦峠を越えて松本か ら信州の広い地域に運ばれました。
 松本地方では、ブリをもって年越しを祝う習慣があり、夢のご馳走として貴重品扱いされていました。
(歴史的なつながりから)

nozacs: “コンビニで「あたためますか?」 「俺たちみたいにアツアツでwww」って言ってるバカがいたけど、 チンしたあとの店員さんの「すぐ冷めるのでお気をつけください(ニコッ」 って対応が神過ぎ…

nozacs:

“コンビニで「あたためますか?」
「俺たちみたいにアツアツでwww」って言ってるバカがいたけど、
チンしたあとの店員さんの「すぐ冷めるのでお気をつけください(ニコッ」
って対応が神過ぎて軽くイキかけた”

? あたためますか? 続・妄想的日常 (via mcsgsym)

nozacs: “ベルリン時代、カフカとドーラはシュテーグリッツ公園をよく散歩していたが、ある日ここで人形を失くして泣いている少女に出会った。カフカは少女を慰めるために「君のお人形はね、ちょっと旅行に…

nozacs:

“ベルリン時代、カフカとドーラはシュテーグリッツ公園をよく散歩していたが、ある日ここで人形を失くして泣いている少女に出会った。カフカは少女を慰めるために「君のお人形はね、ちょっと旅行に出かけただけなんだ」と話し、翌日から少女のために毎日、「人形が旅先から送ってきた」手紙を書いた。この人形通信はカフカがプラハに戻らざるを得なくなるまで何週間も続けられ、ベルリンを去る際にもカフカはその少女に一つの人形を手渡し、それが「長い旅の間に多少の変貌を遂げた」かつての人形なのだと説明することを忘れなかった”

? フランツ・カフカ – Wikipedia (via kazukij) (via jinakanishi) (via gkojay)

nozacs: “昔デザイン事務所でバイトしていたときに「メールの文章だってデザインだよ」って教えてくださったベテランデザイナーの先生がいて「すてきですね」って言ったら「どんなものでもデザインできる。…

nozacs:

“昔デザイン事務所でバイトしていたときに「メールの文章だってデザインだよ」って教えてくださったベテランデザイナーの先生がいて「すてきですね」って言ったら「どんなものでもデザインできる。デザインは思いやりだから」っておっしゃってました。忘れられない大切な言葉です”

? Twitter / まみぺこ: 昔デザイン事務所でバイトしていたときに「メールの文章 … (via minatomo, gothedistance) (via marutai20000) (via passionflower) (via konpany) (via firebum) (via vmconverter) (via kiri2) (via clione) (via takeshi) (via tayu-tau) (via nunnungogo) (via taku007) (via shortcutss) (via genmame0806) (via tora-friday) (via huzitaka) (via catroll) (via nise3kawan) (via ramencozolimit) (via kikuzu) (via ursysnr) (via nanikano) (via polygonplanet) (via parc-box) (via niseoshou) (via yellowblog) (via subdub) (via shinoddddd) (via carandache) (via zenrahanra) (via shunta) (via atehaka) (via takojima) (via rarihoma) (via hutaba)

nozacs: “昔どこかで見た記事で「インデントとか改行を揃えるのは本質じゃないと思うんですけどなんで拘るんですか?」に対して「一見本質に見えない所を統一することによって、本質を注視するためのノイズ…

nozacs:

“昔どこかで見た記事で「インデントとか改行を揃えるのは本質じゃないと思うんですけどなんで拘るんですか?」に対して「一見本質に見えない所を統一することによって、本質を注視するためのノイズをカットすることに意味があるんです」というのがあったな。アレは至言だと思う。”

? Twitter / DNPP (via bgnori)

認知症の祖父が祖母に毎日プロポーズしている。

ken1ymd:

認知症の祖父が祖母に毎日プロポーズしている。

記憶が1日ごとにリセットされるからだ。

祖父の中で祖母は「近所の好きな人」らしい。

毎朝庭の花を1本摘んで

「結婚を前提にお付き合いください」と頭を下げる。

家族は最初訂正していた。

「おじいちゃん2人はもう結婚してるんだよ」

そのたび祖父は混乱して悲しんだ。

でも祖母だけは違った。

毎回初めて聞いた顔で花を受け取るのだ。

そして返事がおかしい。

「考えておきますね」

60年連れ添った夫に毎日保留。

1回もはいと言わないのだ。

私はある日祖母に聞いた。

「なんで受けてあげないの」

祖母は鏡の前で口紅を直しながらこう言った。

「はいって言ったら恋が終わっちゃうでしょ」

「え」

「保留にしておけばあの人明日も来るのよ」

意味がわからなかった。

「あんたは知らないでしょうけどね」

祖母は笑った。

「60年前の本物のプロポーズの時もね」

「私すぐに返事しなかったのよ」

「なんで」

「嬉しすぎたからよ」

「はいと言った瞬間に」

「口説かれる時間が終わるのが惜しくてね」

「考えておきますって言ったの」

「そしたらあの人7日連続で通ってきたわ」

「毎日違う花を持ってね」

「7日目にやっとはいって言ったの」

祖母は口紅をしまった。

「あの人昔からよく言ってたのよ」

「うん」

「人生で1番楽しかったのは」

「うん」

「あの7日間だって」

私は少し泣きそうになった。

祖父の主治医が前に言っていた。

「記憶は新しい方から消えます」

「最後まで残るのは」

「1番古くて1番幸せな記憶です」

祖父は今

人生で1番楽しかった7日間を生きている。

祖母はそれを知っているのだ。

「私が保留にしてる限りね」

「あの人の7日目は来ないの」

「1番楽しい日が毎日続くのよ」

「悪くない老後でしょ」

祖母は毎朝口紅を塗る。

「なんで毎日化粧するの」

「初めて会う設定の女が」

「すっぴんじゃだめでしょ」

2人の毎日はこうだ。

朝祖父がひげを剃って庭に出る。

花を1本選んで玄関から入り直す。

「突然すみません」

「あらどちら様ですか」

「隣町の者です」

「まあご丁寧に」

祖父は緊張した顔で花を出す。

「結婚を前提にお付き合いください」

「考えておきますね」

「明日また返事を伺いに来ます」

「ふふお待ちしてます」

縁側でお茶を飲んで

祖父は名前を聞く。

祖母は旧姓で名乗る。

60年前の名字でだ。

「いい名前ですね」

「ありがとうございます」

「いつか変わるといいですね」

「まあ気が早い」

毎日が初デートだった。

冬に祖父は入院した。

体が弱っていた。

それでも病室のプロポーズは続いた。

花は売店の1輪に変わった。

「結婚を前提にお付き合いください」

「考えておきますね」

祖母は毎日病室に通って

毎日口説かれて帰った。

そしてある朝だった。

祖父がいつもより弱い声で言った。

「今日返事をもらえませんか」

「あらどうして」

「私はどうも」

「あまり長く待てない気がするんです」

病室が静かになった。

祖母は祖父の手を取った。

そして60年ぶりに言った。

「はい」

「え」

「喜んで」

「ほんとうですか」

「ふつつか者ですが」

「末永くよろしくお願いします」

祖父は笑った。

私が見た中で1番いい顔だった。

「人生で1番いい日だ」

祖父はそう言って

その日はずっと機嫌が良かった。

数日後祖父は眠るように逝った。

苦しまなかったと看護師さんが言っていた。

葬式で祖母は泣かなかった。

親戚が心配するくらい静かだった。

帰り道で祖母は私に言った。

「あの人はね」

「プロポーズが成功した直後に逝ったのよ」

「人生で1番幸せなところで終われた男なんて」

「そうそういないわよ」

「大成功の人生よ」

そう言ってから祖母は少しだけ泣いた。

遺品を整理していて

祖母の日記が見つかった。

この2年分のページは

ほぼ同じ1行で埋まっていた。

「本日もプロポーズありお断り」

「本日もプロポーズありお断り」

730日分続いていた。

たまに添え書きがあった。

「今日の花は水仙昔と同じ」

「今日は2回来た得した気分」

そして最後のページにこうあった。

「本日お受けしました」

「60年ぶり2回目」

家族全員で泣いた。

祖母は今も毎朝口紅を塗る。

「もう来ないのに」とは誰も言わない。

「癖になっちゃったのよ」

祖母はそう笑っている。

認知症は祖父からたくさんの物を奪った。

家族の顔も名前も昨日の記憶もだ。

でも奪えなかった物が1個ある。

恋だ。

祖父は最後の2年間

毎朝恋に落ち直して

毎朝花を摘んで

毎朝人生で1番楽しい日を生きた。

それができたのは

毎日初めての顔で花を受け取って

毎日返事を明日に取っておいた

祖母がいたからだ。

プロポーズの返事は早い方がいいと言う。

でもうちの祖母は知っていた。

1番いい返事は

相手の人生で1番幸せな日に渡す物だと。

60年かけて1回目のはいを言って

2年かけて2回目のはいを言った。

世界で1番返事の遅い夫婦は

世界で1番長く恋をしていた。