
This looks like a fuckin pokemon battle.
wild encounter

Bent my ear to hear the tune and closed my eyes to see


Shûji Terayama. In front of Tenjō Sajiki (天井桟敷), his Public Underground Theatre. 1967.
“「人間失格」の読書感想文に、「失格もなにも、こんなにもくだらない事で悩むのは、彼が人間以外の何者でもない証明だ」って書いて提出したら「いつか君が大人になったら、この感想文を読み返して答え合わせしてご覧なさい」と書いて返してくれた中学の国語の先生、お元気でいらっしゃいますか 先生、国語の選択授業で、図書室で百人一首をしたことがありましたね。「百人一首を丸暗記して札を早く取れるようになったところで、進学にも就職にも役立たないかもしれないが、たった一つの歌を覚えていることは、君たちの人生を百倍豊かにします」と微笑んでくれたことを、いまだに覚えています 先生のような国語の教師になりたいと言ったら「教師の仕事は文学ではなく生活を教えることです。あなたは生活を大事にできていないからなぁ…教師ではなく学者になったほうがよろしい」と笑いましたね。結局教師には向かず学者にもなれなかったけれど、今でも先生の慧眼を思わずにはいられないです 厳格な生徒指導担当でタチの悪い冗談には取り合わない方だったので、できの悪い生徒達からはあまり好かれておらず、卒業式の日、先生宛の寄せ書きだけ妙に空白が多くて、わたしはそれが悔しくてならなかったのですが、先生は「こういうのを余白の美と言います」とにやりと笑っていましたね 先生、先生にとってわたしは 長い教師生活の中で通り過ぎていく無数の顔のひとつでしかなかったでしょうが わたしの一度の人生で、恩師と呼べるのはあなた一人しかいませんでした。先生、だから先生、わたしは、さほど親しくもない友人からの雑談のようなメールで、あなたの訃報を知りたくはなかった”
“職場でカレーヌードル食ってたら「匂いテロはやめろ」と言われたので、「私は恐怖によって政治的目的を達成しようとは思っていないのでテロではない。単なる快楽殺人だ」と主張した”
? 原子力塩太郎/THE-Oさんのツイート (via gkojax)
“通り過ぎたあと、戻ってリブログした。”
? EverydayDiscoveries (via plasticdreams)
“「ずっと昔からReblogはあったの?」
僕は肯いた。
「うん、昔からあった。子供の頃から。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがReblogというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
Reblogは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
たぶんそうする必要があったからだろうね」”? 村上春樹風にReblogについて語るスレ (via gkojax) (via kagurazakaundergroundresistance, jinon)
2008-11-16 (via gkojay) (via usaginobike)
“オヤジになるということは、融通無碍に生きる術を身につけ、精神において自由を得るということだ。僕自身、若いころは教条的な思想にがんじがらめになって、自分がやりたいことの本質も見えず、ずいぶんと苦しい思いをした。 人生はかくあるべし、という思いにとらわれて、余分なエネルギーを無駄なことに使い、人を傷つけ、自分も傷つき、ずいぶんと遠回りをして、ようやくオヤジの仲間に入った。オヤジになって、精神の自由を得た今、人生はなんて楽なんだろうと、しみじみ思う。 あらゆるデマや様々なくびきから解放された時、人はこれほどまでに楽に生きることができるようになるのだと、しみじみ感じている。だからもう二度と再び、若者には戻りたいとは思わない。”
? 押井守 『凡人として生きるということ』 (via akt-nkgk)