日曜洋画劇場では「続・猿の惑星」をやっていたようだが、妻は「猿に感情移入できない」と言ってた。でも「ニモ」には移入できそうだ。それはどんな違いなのだろうか?おそらく、「猿の惑星」に人間が出てこなかったら、もう少し移入できたかもしれない。というのも、「ニモ」に出てくる人間は顔がない、感情を持たないオブジェとして描かれているから。アキ・カウリスマキの「過去のない男」を見た。この映画が自分とどんな接点を持つのか、考えながら見た。面白かった。どうしてなのだろう?「パンチ・ドランク・ラブ」を見たときにも感じたけれど、映画という表現手段を使って、人間を描く方法はまだ残されているのだなあということ。見ている人に接点を探すことを示唆してくれる映画はすごいと思う。人は自分の周りを「つながり」を探して見まわしているのかもしれない。「過去のない男」には、いいセリフがたくさんあったけど、荷物も記憶も持たない浮浪者(といってもかなりキレイだ)が、恋人と別れるシーンがとくによかった。