Craque

倉敷保雄は私がもっとも好きなサッカー実況アナウンサーである。スタイルがユニークなので好き嫌いが分かれるかもしれないが、サッカー観戦愛好家で彼の悪口を言うひとはあまりいないと思う。そんなクラッキーの本、「続・実況席のサッカー論」。これまでもサッカー雑誌の連載などでその文章には触れる機会はあったが、これは同業者としては大先輩に当たる元NHKの山本アナ(モナではない)との対談。全編が会話体で構成されており、また一味違う、やはり彼の話し方が伝わってくるのがいい。

book cover
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彼の実況のどこが好きかというと、とにかくTVを見てるひとの楽しみ方の幅を広げてくれるところだ。これは簡単なようで難しい。独断偏見かもしれないが、日本のスポーツ実況って、なぜかいまだにプロ野球の中継スタイルが基本になっていて、実況が興奮してうわずった喋りをしながら、どれだけ血迷った言い回しを垂れ流しても、咎め立てされない珍しい世界である。あれは観戦しているファンの楽しみ、興奮をアナウンサーが奪ってしまっていると思う。

もう1年前になるけれど、是枝和裕が北京オリンピックの報道について書いた言葉を引いておきましょう。【読売新聞 8/20, 2008】

伝え手が感動を口にし、涙を流した瞬間に、テレビの前の視聴者は逆に自らの目と耳をふさぐのだ、と。これは倫理ではなく、テクニックの問題である。

サッカー実況というと日本では比較的歴史の浅い世界だ。しかし93年のJリーグ創立、そして02年を経て、成熟のスピードは世界のどこよりも増している。変化の激しい世界でスタイルを確立してきた稀有な存在の二人は、そんなテクニックについて語ることはもちろんしない。それは当たり前、基本として身に着けていて、それを超えたところで自分たちに何ができるのか、文字通り真摯にサッカーというスポーツのことを考えていることが伝わってくるとてもいい本だ。

クラッキーの実況だとつまらない試合でも楽しく見ることができる。わたしには凡庸な形容しかできないが、それはテクニックがあるからじゃない、ハートがあるからだろう。

Together Through Life
Together Through Life
ハートといえば、このジイさん。ジェリー・ガルシアの相棒だったロバート・ハンターと一緒に曲作ってると読んだときからずっと欲しかった。ようやく中古センターにお目見えした。全編にアコーディオンが使われてて、しかも演奏がデイヴィッド・イダルゴ、悪かろうはずがない。このアルバムを聴きながら思ったのは、ボブ・ディランというのはもはや環境である、ということ。コンピューターでいえばOS、そしてずっとバージョンアップし続けてる。しかもLinuxよりずっと長い間。ホントすげーよ、なんなんだこのジイさん。

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