池澤夏樹がフランスでの生活をつづった文章をまとめた「セーヌの川辺」。わたしはこのひとの小説よりもこういったエッセイやルポの方が好き。とくに読書や作家に関するコメントには、読んでみたいーと思わせる力があるのです。今回はロレンス・ダレル「アレクサンドリア四重奏」が彼の作家としての発火点であったこと、20歳で衝撃を受けたポール・ニザンのこと、そのほかフィレンツェで訪れたドゥオーモに託して彼自身の創作スタイルの一端が書かれてたり、とても興味深かった。西脇順三郎の「Ambarvalia」が出てきたときには、なんというシンクロニシティ・・・と。そしてもちろんフランスという国の成り立ちや、そこに暮らす人々の考え方、「自由、平等、友愛」の意味が分かりやすく説明されていて秀逸。
博覧強記ぶりはあいかわらずだけれど、下記ちょっと疑問に思った部分もいくつかあり。
- 「日本料理では長時間の加熱という手法がない」 p.45
- 「日本では人は一神教の神を知らないままに生きてきた」 p.200
- 「モンスーン地帯にある日本では人は自然をそのままにして愛でることを習慣にしてきた」 p.290
- 「なぜ日本では川や運河が発達しなかったかを考えてみよう」 p.292
ラーメンは長時間加熱をしてスープをとる立派な日本料理、国民食だと私は思う。あとカツヲ節って長時間加熱しなかったっけ?何をもって「日本料理」とするかの定義がないままだと、説得力に欠ける。
外部からの文化、文明の移入について日本ほど積極的な国はないと思うが、そんな国のひとたちが一神教を知らないわけがない。ただ日本という風土に馴染まなかった、もしくは理解しようとしなかっただけじゃなかろうか。白川静の「日本人は宗教を超越しとる」という表現の方が納得いく。
源氏物語を読んでいる限りそんなことはない。荒れ果てた邸がどれだけ寂しく、評判を落とすかが書かれてる。むしろバランスが大事で、何が何でも自然そのままを愛でてたことはないと思う。
江戸や堺では商業が盛んになると同時に運河が都市部の物流を支えていたという認識だったので、この記述には違和感を覚えた。宮本常一「塩の道」にも日本の河川が輸送に果たした重要な役割が書かれていたはず。今はすっかり失われてるが。
こうやって書き出してみると、日本についての記述が多い。ただ以上は自分の為のメモであって、この本の価値を貶めるものではない。この本でみつけた、知ることになった事は、これから先たくさんの楽しみをもたらしてくれそうな、そんな期待を感じるとてもいい本だと思う。なのでメモっとかないとね。