gkojay: “コインロッカー事業で起業した人が、「3万円が入った財布を1日300円のコインロッカーに預けることには抵抗がない人が、30万円を預けている銀行には月間数百円の手数料さえ不満を言う。こう…

gkojay:

“コインロッカー事業で起業した人が、「3万円が入った財布を1日300円のコインロッカーに預けることには抵抗がない人が、30万円を預けている銀行には月間数百円の手数料さえ不満を言う。こういう"心の会計"を理解して、消費者が快くお金を落とす事業で攻めるべき」と言ってたな。”

? 田中 / Twitter (via y-kasa)

この前見たのは、前の住人が事故死した下宿に入った大学生が、置き忘れられていたポイントカードの束をみつけ、このポイント欄を埋めて成仏させてやろうと友人2人と行ったことのない店を回る夢。その店毎に故人との関…

nakanohajime:

この前見たのは、前の住人が事故死した下宿に入った大学生が、置き忘れられていたポイントカードの束をみつけ、このポイント欄を埋めて成仏させてやろうと友人2人と行ったことのない店を回る夢。その店毎に故人との関わりが各1話で語られるらしいのだが目が覚めたからオチは知らない。

Xユーザーのまなさん。さん: 「この前見たのは、前の住人が事故死した下宿に入った大学生が、置き忘れられていたポイントカードの束をみつけ、このポイント欄を埋めて成仏させてやろうと友人2人と行ったことのない店を回る夢。その店毎に故人との関わりが各1話で語られるらしいのだが目が覚めたからオチは知らない。」 / Twitter

私は、コスパがいい人間だと気づいた。

mayukifujita:

私は、コスパがいい人間だと気づいた。

ヘルニアの時、不自由だった

歩けない、友達と遊べない、動かないのであまりお腹も空かずご飯が美味しいという感覚もあまりない。

けど、今健康になって

どこへも行ける。誰にでも会える。行動できる。なんでもできる。

健康体になってすごく嬉しいのに、

なんだかつまらないと感じる。

この感情がとても不思議で

最近考えてた

絶対に心身は健康の方がいいに決まってる

そうなんだけど、

ヘルニアの時、

少し歩けたことが幸せと感じれた

コーヒー飲む楽しみが濃かった

お腹が空いた時に食べたものの味がいつもより鮮明に思えた

朝から晩まで、自分のこれからのやりたいことを考えて、体と向き合ってストレッチをしたり

ほぐしたり

親や祖父母と連絡とって電話もした。

いつもならこんな日常送らないけど

なんだかすっごい楽しかった

幸せってもしかしたら

何を持っているかより

今あるものをどう感じてるか、なのかな

woman というドラマの主人公が自分の子供に

言ってたセリフを思い出した

「あなたのパパは、幸せと思える心があったの」

なるほどなあ、と思った

私ははすごいコスパのいい人間だなあ

不健康になってもその小さい中から幸せを見つけることができてたし

日常を愛すことが何より幸せと感じる

何をしている時が幸せですか?って質問に戸惑ってた理由はこれか

何もしてない時が幸せなんだよな

休もう休もうと思って家にずっといても

脳が休まってないので1日を無駄にした感じがするし休んだ気がしない。

それなら、脳を空っぽにして友達とファミレスにいた方が休める時もある。

言葉に踊らされてはダメなんだな

幸せと休暇

言葉通りかと思ってたけど、裏がありすぎる

だとしたら私にとって

今の世の中は広すぎる

どこへでも行ける、何にでもなれる、どんな日常も過ごせる。

こんな選択肢があったら幸せなんて繊細な心を感じられるわけがない

だから旅行にも興味がない

新しい文化や世界に触れたって、自分は変わらないし変われない。

帰ってきて疲れて体調崩すんだろうなあと思う。

外を歩き回って買い物するのもめんどくさい

どう考えても家でネット通販してた方が楽だろ

手数料や送料くらい払ってやるよ、という気持ち

私は周りの目や自意識を向けすぎてたな

もっと小さい中で楽しんでいけばいいじゃんね

最近はそんなことを考えてました

よし、

夜はスーパーに行って手の込んだ料理でも作るか。

あ、洗濯物をしよう、柔軟剤変えたんだ

幸せだあ

中学の頃、国語の先生に一人、男女からモテていた先生がいた。女の先生である。だが、職員室から廊下を歩いてくる姿は、薄い藤色のカーディガンを羽織り、髪には小さな簪のようなピンを挿し、教室に入ると空気が少しだ…

fuminaga:

中学の頃、国語の先生に一人、男女からモテていた先生がいた。女の先生である。だが、職員室から廊下を歩いてくる姿は、薄い藤色のカーディガンを羽織り、髪には小さな簪のようなピンを挿し、教室に入ると空気が少しだけ平安時代になる。男子の間では密かに古文アイドルと呼ばれていた。本人はそれを知っていたのか知らぬのか、教室に入るなり、にこりともせず、黒板に大きくこう書いた。
「推し 紫式部」
初回の授業である。
私は、この時点で少し危ない人が来たと思った。
先生は振り返り、真顔で言った。
「みなさん、紫式部はね、ただの昔の作家じゃありません。千年前に、人間のめんどくささを全部見抜いていた天才です」
クラスは笑った。
すると先生は、さらに目を輝かせて言った。
「私は紫式部の顔ファンではありません。文体ファンです」
やはり危ない人であった。古文というものは、本来、中学生にとって睡眠導入剤である。
「いとをかし」
「ありがたし」
「あはれなり」
黒板に書かれた瞬間、まぶたが自然と下りてくる。まるで平安の霧が教室にかかるのである。
だが、その先生は違った。
「いとをかしをとても趣があるって訳して終わる子、だめよ。それじゃ心が死んでる」
先生はチョークを置き、窓の外を見た。
「たとえばね、放課後の教室に西日が差していて、好きな人の机だけ少し光って見える。
誰にも言えないけど、なんか胸が変になる。その感じがいとをかしです」
その瞬間、古文が少しだけこちらを向いた。
次に先生は「いとあはれなり」と書いた。
「これはね、ただしみじみするじゃないの。
綺麗すぎて苦しい。
もう戻れないと分かっているのに、忘れられない。
そういう感情です」
そう言って、先生は源氏物語の一節を読んだ。
光源氏が誰かを愛し、誰かを傷つけ、自分でもどうにもならなくなる場面である。
「光源氏はイケメンだから偉いんじゃありません。むしろ、かなり面倒くさい男です」
女子が笑った。
男子も笑った。
すると先生は、少し声を落として言った。
「でもね、人間って、正しい人だけを好きになるわけじゃないでしょう?」
教室が、急に静かになった。
その一言で、源氏物語は教科書から抜け出した。
千年前の貴族の恋愛ではなく、今の教室にもある、好き、嫉妬、後悔、言えなかった言葉の話になった。
先生はよく、古文単語を現代の感情に置き換えた。
「つれなしは、冷たい、じゃ弱いわね。LINEを読んでるのに返事が来ない感じです」
クラスがざわついた。
「心もとなしは、不安。既読がつかない夜です」
男子が「わかる」と言った。
「おぼつかなしは、相手の気持ちが見えなくて苦しいこと。つまり、平安時代にも既読スルーはあったのよ。通知が遅かっただけ」
古文が急に、生き物になった。
助動詞の授業も異次元だった。
普通なら「き、けり、つ、ぬ、たり、り」と唱えて終わるところである。だが先生は、それを恋愛ドラマの時間軸に変えた。
「きは、自分が直接見た過去。つまり私は見たです。けりは、あとから気づいた過去。ああ、あの人は寂しかったのかという発見です」
先生は黒板にこう書いた。
花咲きき。
花咲きけり。
「上は、花が咲いたのを見た。下は、気づいたら花が咲いていた。たった一文字で、世界の見え方が変わるの」
そこで初めて古文の恐ろしさを知った。
古文とは、昔の言葉を暗記する科目ではない。
人間の心が、どの角度から過去を見ているかを読む科目だったのである。
ある日、先生は『枕草子』を持ってきた。
「春はあけぼの」
誰でも聞いたことのある一文である。
先生はそれを黒板に書くと、しばらく黙った。
「清少納言ってね、世界を見るのが上手すぎる人なの。今で言えば、日常の切り取りが異常にうまい投稿者です」
それを聞いて、クラスが少し前のめりになった。
「春は朝焼けがいい。夏は夜がいい。秋は夕暮れがいい。冬は早朝がいい。
これ、ただ季節を説明してるんじゃないの。世界のどこを見れば美しいか、教えてくれているの」
先生は窓を開けた。
冷たい風が入り、プリントが少し揺れた。
「みなさんもあるでしょう。帰り道の空が妙に綺麗だった日。雨上がりの匂い。
誰かの笑い声だけが廊下に残っている感じ。あれを見逃さない人が、文章を書く人です」
その日から、私は夕方の空を見るたびに、少しだけ清少納言を思い出すようになった。

Xユーザーのクレアさん: 「中学の頃、国語の先生に一人、男女からモテていた先生がいた。女の先生である。だが、職員室から廊下を歩いてくる姿は、薄い藤色のカーディガンを羽織り、髪には小さな簪のようなピンを挿し、教室に入ると空気が少しだけ平安時代になる。男子の間では密かに古文アイドルと呼ばれていた。本人はそれを知」 / X