
Last bits of summer

Bent my ear to hear the tune and closed my eyes to see
Ragusano DOP, Progetto Natura, Catania
foto di Salvo Bordonaro
Kiyoshi Saito
5月25日
復職可能の診断を受けて、今の職場と前の職場での面談をした日。
毎朝起きては低血圧と頭痛でぐったり眠りなしてしまったり、食生活は不安定だったり(なぜか過食は治りつつ、安定した1日一食を摂取している)、今の職場のおじさんたちや辛い面談をしてきた産業医のことで、正直不安はいっぱいだった。でも、今朝ももれなく頭痛を抱えていたけれど、当たり前にお腹が空いても朝ご飯もお昼ご飯も食べることはできなかったけれど、たぶん、ちゃんと元気に職場の方々と「やっと復帰できて嬉しいです!」と面談をできたと思う。
朝は2023年の日記の構成の続きをしつつ、家にいても落ち着かなかったので、早めに家を出て職場のある町へ向かった。前回下立ったのは2月の寒空の下で、二つくらい季節を通り越して、今日はすっかり初夏の風景になっていた。
恐る恐る久しぶりに通勤の道を歩いた。
歩いていたら、あ、知ってるこの感じ、と心身ともにいろいろ思い出してきて、落ち込むどころか寧ろ何かがハイになって、いつの間にかでんぱ組.incのプレイリストを流して、歌い踊りながら歩いていた。そうだった。毎朝、なにが戦う準備をするためにアイドルソングを歌い歩いていた。職場の面談では「よかったね!」と言われ、新年度以降の職場の状況を聞かせてもらったり、今後の復職までの手続きを雑談をする様な穏やかな雰囲気でお話ししてきた。
それでも「最近はお昼ご飯食べれてる?」とか「少なくとも自分が知る中で、◯◯さん(私の名前)がお昼ご飯食べてるの見たことないからさ」とか「次回の産業医面談の日には体重を測ってきて下さい」とか言われることには、ちゃんと心がざらざらした。
食事や体重関連の質問になる度に、自分の目が泳いでいるのを感じながら「そうですね」と、なにがそうなのか全くわからないまま頷いたりしていた。数ヶ月お仕事をお休みした程度で長年連れ添ってしまった持病が良くなるなんてことはない、ということが、社会の場では全く通用しない。
ここからどう生き残るか、なんだろうな、と思うし、生き残りたい程のお仕事なんだったけ?
前の職場の面談で、新しい部署のトップの方とご挨拶をした。
まるで社会人みたいな挨拶を「どうもどうも」と交わして「異動希望とかありますか?」と相手から切り出してくれたので、これは!!と伝えたいことを伝えた。
今の職場の環境で嫌なこと、とにかく、とにかく移動を希望していること。
「全てお答えできるかは分かりませんが…」と言われて、それにがっかりするより、泣かないで伝えるだけ伝えられて偉かったよ!あやのちゃん!と、今日のところは、やるだけやれた自分を嬉しく思えた。上司たちとの面談を終えた後は、前の職場の方々と変わる変わるに雑談をした(相手をしてもらった)。
生き残りたい程の、長年の持病を手放せる程のお仕事かはまだ分からないけれど、久しぶりにいろんなひとと話をして、出どころのわからない元気をしている自分が怖かった。私が長年担当していた事業の後任をしている方から「◯◯さんが丁寧に対応してくれていたから、スムーズに進みました」と言ってもらって「ありがとう、お疲れ様でした」と言いながら、よくできたやさしい子だな、と感心してしまった。
帰り道、駅まで歩きながら“コンビニ人間”を読んだ朝井リョウが「自分は小説人間だ」と言っていたことや、ペーパードライブの読書会で西川さんが「自分はラジオ人間だ」と言っていたことを思い出した。朝まで1人、目眩や頭痛と戦っていたのに、それをいつの間にかねじ伏せて、職場で楽しくお話を済ませてきて、元気に歩いて帰宅している。私はもしかしたら、すっかり“(今の職場の)お仕事人間”になってしまっているのかもしれない、と思った。
駅に着くとホームのベンチは電車を待つひとで満席だった。1人分の席が区切られているタイプのベンチの一番端に、サラリーマンがペットボトル飲料を飲みながら座っている。
横の自販機で飲み物を買ったお婆さんが、ゆっくりゆっくりと、そのサラリーマンが座る座席のほんの少し空いた空間に、ぎゅっと腰を下ろして、1人分の席にちょうどぴったり2人が収まってしまった。
何食わぬ顔でそのまま買った飲み物を飲むお婆さんに、見ていた私もびっくりしたし、サラリーマンはもっとびっくりしつつ、諦める様に席を立っていた。困った顔をしながら笑っていた。帰りの電車で日記を書いて、そういえば遥か昔の様な今朝の散歩で、ペーパードライブの“山月記”の読書会を聴いて泣きそうになったことを思い出した。
私はこのままだと虎になってしまうし、たとえ人間に戻っても「虎の時は辛かったよね」と言える袁傪の様な相手はいない、となった。
そんな自分を思い出して少し安心してしまった。もうすぐ今月2回目の満月を控えた白い月を見つけた。
5月26日
昨日、前の職場に行った時3月で退職されていた方からの餞別のプレゼントを受け取った。
休職に入ることを伝えていたので、他の方に、私が復職したら渡して欲しい、と預けてくれていた。
shiroのクレイハンドソープだった。
とても心が潤った。緊急連絡先としてショートメッセージで何度かやり取りしたことがあったため、退職された方に連絡取るのはよした方がいいのかな?と思いながら、お礼のメッセージを送った。そして前の職場で驚いたことが一つ。
数年前に、長年の夢だったバスの運転手になるために退職された方が戻ってきていた。
彼が退職した時のことも、そのことを自分の日記で読み返した事も覚えている。
オレンジの可愛い車に乗って職場を去っていく彼を、みんなで見送って、私は、もう一生会うことはないんだろうな、と思った。日記にも、そう書いていた。
でも全然また再開できてしまった。その方はとてもお仕事ができる方で、円満退社という感じだったので、戻ってきてくれて職場的にもとても助かっていると思う。
一度この職場を手放しても、戻る事も無理ではないんだな、と思わせてくれて、一度関西に行ってみよう、の気持ちがよりいっそう高まった。
エリック・カール展へ行った。
はらぺこあおむしをはじめとする、絵本虫4部作のそれぞれのテーマが「希望」、「働くこと」、「愛」、「居場所」とあり、にこにこと展示を観ていながらも一瞬真顔になって、愛って何だよ?!と言ってしまった。虫、動物、たつのおとしご、サラミ、チーズ、月、すべての絵が愛おしかった。
レオ・レオーニのコラージュと似ている(昔、はらぺこあおむしの作者はレオ・レオーニなのかと思っていた)と思っていたけれど、初めてエリック・カールとの関係性をちゃんと知ることができた。
エリック・カールはレオ・レオーニに憧れていたそう。
大丸のお歳暮ポスター(オリジナルイラスト)の展示もあり、エリック・カールをポスターに採用するなんて良いセンスだな〜と思った。東京の街の掲示板を見ていると、どの町会でも神輿の担ぎ手を募集している。
神保町駅の地下鉄から地上への階段を登っていると、後ろから若い男性2人の声が聞こえてきて「なりて、なりて」「いわおとなりて?」というノリよく合いの手を入れるよな会話だった。
なんだか聞いたことあるフレーズだな、と思ってどこで聞いたんだろう、何のフレーズだろう、と考えていた。あの歌のフレーズか、と気が付いてがっかりした。湿度のある空気の中で陽に浴びると、水分をとっていないのにお腹を壊す傾向がある。
なぜか復活して使える様になったカメラを、またしても落としてしまい、やっぱり電源を入れても真っ暗しか撮れなくなってしまった。きっと私はカメラを持つべきではない。chatGPTの読み上げ機能を使ってみたら、私は「さいの(彩乃)さん」と呼ばれていた。
最果タヒの“愛の縫い目はここ”の朗読を終えた。
最果タヒの詩を朗読し続けて、269日目。5月27日
朝起きて、昨日shiroのプレゼントのお礼をメッセージした方からお返事が来ているのを確認。
私が“みんな忙しくて大変そうだった”と書いたことに“(意外と外面だけでそんなことない、)みんな騙されてるだけですよ!”とお返事がありとても元気になってしまった。今日は大学の図書館でお勉強をした。
久しぶりのお勉強の様な気がした。本当にこの資格試験に関しては、もう記念受験の心意気になってきてしまい、試験日当日を1日受験に費やすのも惜しいくらいの気持ちすらある。でもお勉強をして、お昼には神保町の街をお散歩して、午後もお勉強をした。大学の図書館の教科書コーナーで“山月記”が載っている教科書を探した。ペーパードライブの読書会を聴いた時は、高校の授業で“山月記”を読んだか記憶がない、と思っていたけれど、教科書の形でこの作品に対面したら、なんだかとっても既視感があった。
お昼休みに聴いたペーパードライブの最新回、フランツ・カフカの“変身”でも、山月記の事が出てきて、確かに虫に変えられるのと、虎に変えられるのは、何だか訳が違う気がした。図書館から駅までの帰り道でびわの木を見つけた。
街路樹みたいにびわの木があって、こんなところでびわが…と眺めていたら、枝に短冊みたいなものがぶら下がっていた。七夕?と思い近づいてみると“少しずつ取って下さい”と書かれた札が4カ国語分下がっていた。母とすれ違っていた電話がやっと繋がった。
既に用事はもうなかったけれど、近況を伝え合った。母は通院をしながら復職したところで、毎日通勤と通院のはしごでとても疲れている感じだった。
でも、これまで社会的にとてもつよくて元気なタイプな人間だった母が、なんだか少しよわくてやさしい感じになっていた。気がした。
私が今まだお仕事をお休みしていることにも、以前と、少し反応や対応が違っている気がした。
一昨日、職場で面談をしてきたことを伝えると「外のひとたちと話すだけでも疲れるよね」と言われた。高校受験生だった私が、毎日不安で不安であまり食事もできず、体に蕁麻疹が出ていた時も、病は気から!ストレスで体調不良なんて(ましてや私の子供で)起こるわけがない、それかよっぽど癌か何かなの?(そこまでじゃないでしょ?というマウント)、という対応しかてしもらえなかったのに(娘の一方的な記憶)。
新潟の方から、先日魚釣りに行って釣ったいわしをオイルサーディンにして食べたらとても美味しくてお仕事の忙しさに自分を失っていたけれど取り戻せた!とメッセージをいただいた。
ふと、とても金沢へ行きたくなった。行きたい場所がたくさんある。神保町の交差点で信号待ちをしていたら、宝くじ売り場から「本日は虎の日です!」と聞こえてきた。
隣駅のスーパーで昨日美味しかったズッキーニを今日も買った。
一駅歩いて川を渡っていたら、明らかに鳥の形をしたものが地面にぺしゃん、となっていた。足だけが地面から立ち上がって風に揺れていた。5月28日
ここ数日、お店の外に行列ができる程、丸亀製麺がやたら混雑しているな、と思っていたら“讃岐うどん職人祭2026”が開催されていた。なにその祭り?世の中にはいろんな祭りがある。今日は何もなかった。
大学の図書館でお勉強をして、お昼には本屋さんを梯子しながらお散歩をして、またお勉強へ戻った。
少し前まではずっとお部屋にいて、大学の図書館へお勉強をしに行く日が少し特別だったのに、それを“何もない日”に出来るくらいには元気になってきたのかもしれない。
そういえば、ここ数日ロキソニンを飲んでいない。
職場の面談の日に、今日は痛みに負けてられない!と、どこも痛くないのに癖でロキソニンを飲んでいたし、結果その日は痛みより目眩に耐える方が大変だった。お仕事で満たせる承認欲求のことのついて考えている。
自分がしてきたお仕事を褒めてもらったり、職場の方々とわいわいお話ししたりしても、確かに満たされるものがあって、自分がやりたい仕事なのかどうかわからないくても、信頼しようがない他人からの評価でも、その場しのぎに次の瞬間の自分が大丈夫になれるのならば、それでいい気がしてしまう。
心身共に長生きはできなさそうだけれど。ずっと産業医面談で話すことを考えている。
過ぎてしまったことに文句を言う様で情けないけれど、医療関係者がいない職場の上司達との面談で、毎回体重や食生活のことを踏み込んで訊かれるのが1番ストレスだっだ、と伝えようか迷っている。新潟の方から“もっと色々食べられる様になったら、間違えなく素晴らしい一品料理屋さんに行きませんか?”と、とても嬉しいお誘いのメッセージを続いていただいた。新潟の美味しいお魚料理が食べられそう。金沢と新潟旅行に行くのもいいな、と思った。
スーパーでアボカドが一個80円で売られていて、こんなことで今日のところの世界を許せてしまう。
最果タヒの詩の朗読、“千年後の百人一首”を読み始めた。今日から100日。
5月29日
友人から一緒に台湾に行こう、とお誘いをいただいてから、豆花について調べている。
東京でも食べられるお店がいくつかあり、食べログで“東京下町の豆花食べ比べ”記事を見つけて読んでみる。どうやら大学の図書館の近くにもお店があるみたい。記事を書いている方の食べログネーム(?)が、下町のナインチェさん、だった。来週の産業医面談で、自分の病気にまつわる職場の対応や前任の産業医の面談が、とても嫌だったこと、職場復帰の障壁になっていることを相談してみてもいいのかな、と思った。
先週遊びに行かせてもらった友人のお家に、マンションの隣人さんからもらった心温まるお手紙があったことを思い出した。子供が産まれて泣き声などで迷惑をかけるかも、とマンションのご近所さんに挨拶をしたところ“お気になさらず”とお返事をもらったとのことで、この世界でこんなやさしいことって起こるの?!とちょっと自分の世界への悪態のつき方に反省をしていたところだった。
そういえば、私も今住んでいるマンションで、お隣さんから“このたび赤ちゃんが産まれまして、ご迷惑をおかけするかもしれません…”というお手紙と、ジップロックとポリ手袋とサランラップをいただいた事があった。
これをいただいた時は、この部屋の狭さで子供がいるの?!という驚きと、こちらが気を使わない程で、でもちょうどありがたい消耗品のプレゼントに感心していて、お返事をする事なんて全く考えずに全てを引き取ってこの件を終了させていた。世田谷美術館へ行った。
用賀駅から美術館まで歩いていたら、石敷きの道に等間隔に何か文字が彫られているのを見つけて、読んでみると、たぶん百人一首。美術館まで歩く程に歌のカウントが増えていき、砧公園前で100首目を迎えた。
美術館で“田中真太郎 意味から遠く離れて”を鑑賞。展覧会のタイトルから想像していた感じと全然違っていて、ふーん、とあっさり観て帰ってきてしまった。砧公園内はほとんどの場所が立ち入り禁止だった。視覚的には広々としているのに、突き進む先々で“立入禁止”のテープにぶつかってしまう。
樹木医の倒木調査中で、倒木の危険性がないと診断されるまでは樹木が植えられているエリアに入れないとのこと。
でもすっかり生長してしまっている樹木たちが、もしも根元から倒れたら、立ち入り禁止エリアをゆうに越えて倒れ込むんだろうな、と思ってしまった。世田谷でもびわの木を見つけた。
実がなっていない間は気が付けないだけで、街にはびわの木って意外とたくさんあるのかもしれない。飲み物を買いに入ったセブンイレブンが、もう直ぐ閉店予定なのか、品物が全然なくて空の陳列棚ばかりだった。
夏かしき街 summer time town