
10年ほど履いたトリッカーズのブーツは、かなりくたびれている。
それでも何か大事な用事がある日は、足を通してしまう。大事な用事なんて滅多にないけれど。
かかとの修理に出したことがある。当時住んでいた家の、最寄駅近くの小さな靴修理店だった。
白髪を短く刈り揃えた店主は、修理を始める前にレザーソールの長所と短所を色々と話してくれた。知っていることの倍以上、知らないことがあった。
『たぶん1時間ぐらいで出来るから、どこかで時間つぶしてきて』
という彼の言葉に従い、本屋で雑誌を立ち読みしたり、公園のベンチに座ったりして頃合を見て店に戻ると、かかとはきれいに補修されていた。代金を聞くと、店主は「今日はいらない」と言う。僕は驚いた。
「その代わり、もう少し大切に履いてあげて欲しい。それでまた何か直してほしいところが出来たら、うちに持ってきて欲しい」
彼はそんな風に言った。
年月を経て、またかかとのゴムが減ってきたので持って行くと、そこにあったはずの店はなくなっていた。
それ以降、修理はどこにも持って行っていない。履くのに少々難があるが、それはそれで仕方ない。
