明日の自分が羨ましい、という下書きが残っていた。覚えていない。昨日の明日の今日の俺は、自分のことを別に羨ましいとは思っていない。妻子が先に帰省したので深酒した。昨日の自分が呪わしい。K師と横浜で痛飲した。銀座ライオンが半額だった。黄身玉の醤油漬けみたいな月が浮かんでいた。みんなが僕を迷惑そうな顔で見る、とキクは思った。世界はメタファーだよ、カフカくん。飲酒で捻じ曲がった意識を矯めて、研ぎ澄まして、それで、どうやって帰ったのか、覚えていない。もはや言葉は尽くされた。笑うがいい、泣くがいいさ。破局だよ、破滅だよ、カフカくん。おしまいさ、カーテンコールだ、きこえるかい。みんなが君を待ってる、みんなが君を見送るだろう、見届けるだろう。君を強制するものはもう何もない。君は全く自分の意志のみによって、生まれて、生きて、死んでいく。それだけさ、わかるかい、カフカくん、芝居がかった科白は結構だ、手短に頼むよ、あとがつかえてる、君が手本になるべきだ。ご笑覧を。君は全く自分の意志のみによって、生まれて、生きて、死んでいく。もはや言葉は尽くされた。明日の自分が羨ましい。
