“昔ね、…って言っても、3年くらい前かなぁ…? 僕の所で働いてくれてる作画スタッフが、スピリッツ編集部に原稿の持ち込みに通ってたんですね。
で、ネーム描いて、編集さんに見せに小学館に行ったら、「○○先生が、原稿落としそうだから、週末にアシスタントに行って欲しい」と言われたんだそうです。 僕もスピリッツで連載してて、その時は原稿の進行状況が良かったので、そのことを編集者は知ってるわけです。
で、僕の仕事場が週末は休みなのも知ってるわけです。 それで、持ち込みにいってる先の編集者に頼まれたら、仮に嫌でも断りづらいですよね。 仕事をしながら、忙しい時間を縫って、自分の漫画を描いている身からすれば、これ以上仕事は入れたくないと思うのが、普通の感覚です。
でも、「断ったら、雑誌に載せてもらえなくなるんじゃないか?」とか、「引き受けた方が、自分の評価が上がるんじゃないか?」とか、弱い立場としては色々考えてしまうものなんですよ。 そのスタッフは、「ネームを手直ししたいから」と断ろうとしたのですが、「いや、そのネーム急ぎじゃないから」って言われたそうですよ。
結局、働きに行ったのかなぁ…?
そこはよく覚えてないんだけど、そしたら、その編集さん、その内、そのスタッフを通じて、僕の職場の他のスタッフに連絡を取り、彼らを、週末、別の漫画家の職場に行かせ始めたんですよ。 会ったこともない、僕の職場のスタッフの週末を奪い始めたわけです。 そこで、僕はカチンと来まして、「ウチのスタッフを勝手に使うな!!」と怒ったんですね。
僕も、スピリッツ編集部の紹介で、作画スタッフを雇った経験もあるので、多少のことは我慢していましたが、編集者という立場を利用して、あまりに横暴だと思ったんです。 当時の僕の担当の編集さんが、そのスタッフの担当さんの上司だったので、彼を通じてスタッフに謝罪するよう要求しました。 だって、僕の職場のスタッフは、佐藤漫画製作所という会社の社員で、給料は僕が支払っているわけです。
他社の人間が、僕の会社の社員を、自分の手下のように使うのはおかしいじゃないですか。 僕が講談社の編集さんに、「週末が休みなら、小学館に行って働いてくれませんか?
働いた分のお金は、僕は払いませんけど、でも、僕、講談社でも仕事してるし、別にいいですよね。
小学館から貰ってください。」って言ったら、おかしいですよね。 こっちは、翌週も頑張ってもらいたいし、リフレッシュの意味もあって、週末はスタッフに休んでもらっているわけです。
予定も狂うし、スタッフも擦り切れて能力が落ちます。
で、原稿の質は落とせないので、僕が徹夜をすることになります。 「僕はいいから、スタッフにちゃんと謝ってくれ」って言ったんですね。 そしたら、ある日、件のスタッフの携帯が鳴りまして、ペコペコしてる様子から、編集さんだなって思ったんです。
すぐに電話が終わったので、「スピリッツの編集さんから?」と聞いたら、「あ、はい」というので、何を話したか聞いてみたんですよ。 そしたら、「よく分かんないけど、謝れって言われたんで、一応、謝っときます」と、言ってたそうです。 最初の挨拶の他には、その一言だけだったそうです。
結局、それが大手の編集者の感覚です。
漫画家でさえ下請け業者くらいにしか思ってない人達ですから、作画スタッフはそれ以下の存在にしか思ってないんです。 それは言い過ぎですよ、と言われるかも知れませんが、残念ながら、スタッフを雇うようになって以来、同じようなことがあったのは、1度や2度じゃありません。
日常的に見かける光景で、むしろ、それが常識の世界です。 でも、これは編集者だけの責任ではないと思うんです。
漫画家の責任でもあります。 僕は職場を構えてから、一度もスタッフを解散したことがありませんし、仕事がない時も、それを含めて資金の運用計画を立てていて、必ずスタッフに全額の給料を支払ってきました。 「お金があるから、それができるんだろう?」と言われるのですが、25歳で、お金なんてまったくない時から、僕は同じことをしています。
雇用者には、最低限、被雇用者の生活を保障する責任があると思っていますし、労働基準法的にもそうなっています。
偉くも何ともありません。 一方で、現実的な話をすると、僕自身が一生、漫画家でいられるかどうか保証がない状況で、誰かの一生を保証することは出来ません。
なので、3年という期間を限定してスタッフを雇い、彼らにも、あらかじめ、入社時に了承してもらっています。
僕は漫画家を目指している素人しか雇わないので、3年経って、技術が身に付いた頃には退職してしまうという繰り返しになるのですが、何の保証もせずに彼らの人生を奪うことは出来ないと考えています。 でも、多くの漫画家さんは、そうはしないですよね。
仕事のある時だけ、スタッフをかき集めて、仕事がなくなれば解散します。
それが一番、自分のお金を確保出来ますからね。
即戦力で日雇い可能の「プロアシ」と呼ばれる人達が、もてはやされます。
自分の都合に合わせて、人を使いたいと思っている人が多いし、他人の生活の保証とか、色んなことをなあなあにして考えないようにしたいし、そうすると、自分の職場のスタッフが、週末に他の職場で働いていても、怒るというモチベーションは持てなくなるんですよ。 それ以前に、スタッフを流動的に確保するために、編集さんが連れてくる臨時スタッフを積極的に利用していますしね。 スタッフは出版社からの派遣社員くらいに考え、在宅で仕事を委託したり、その人がどれだけ作画に時間を使おうと料金には反映せず(遅いと怒るんだけど)、完成品だけを求めることになったりします。
お金を支払っているので、受け取った絵はどう使おうと自分の物だと考えます。
そう考えないとやっていけないくらい、原稿料が安いというのもあるのですが。 飼い殺しみたいなこともよくありますね。
ベテラン漫画家の職場で、30年以上、働いていた50代の作画スタッフが、「そろそろ後進に道を譲ってくれ」と肩を叩かれ、職を求めている姿も時々見かけます。 誰も雇いませんよね。 20代で漫画家を目指し、30歳までに漫画家になれない作画スタッフは、40歳までに別の職業を探した方が良いと思います。
じゃないと、本当に野垂れ死にますから。
「お前がいなきゃ、俺はダメなんだ」と言いながら、お小遣い程度のお金しかにスタッフに渡さない、ダメ亭主みたいな漫画家はいくらでもいるのです。 何かね…、刹那的で、結局、末端にしわ寄せが来る仕組みになっちゃってるんじゃないかと思うんですよね。 僕は、社員を「スタッフ」という言葉で呼ぶようにしています。
小さいこだわりなんですけど、「アシスタント」という言葉があまり好きじゃないんです。
自分自身が4年以上、漫画家の作画スタッフを務めていたこともあってか、漫画家さんが「ウチのアシがさぁ」とか「そこの作画はアシにやらせるから」みたいな言葉を聞くとちょっとだけ暗い気持ちになるんですよ。
作画スタッフは、高い技術を持った職人であり、誇り高い絵描きです。
その意識があれば、「アシ」とは呼ばないと思うんですよね。
せめて、短縮しない言葉で呼びたいと思います。 今日は変なことを書いてしまいました。
え…?
いつも…?
でも、自慢話がしたかったわけじゃないんですよ。 僕は自分のスタンスを守っていこうと思うような出来事が、いくつかあったので。”? 佐藤秀峰 日記 | 漫画 on Web (via petapeta)