“むかし、男のひとと一緒に暮らしたことがある。一緒に暮らすと いうことはぼろが出るということで、案の定私はぼろぼろと自分の 嫌な部分を垂れ流し、それでも好きだと言ってくれる男のことがわ からなくなった。…

“むかし、男のひとと一緒に暮らしたことがある。一緒に暮らすと
いうことはぼろが出るということで、案の定私はぼろぼろと自分の
嫌な部分を垂れ流し、それでも好きだと言ってくれる男のことがわ
からなくなった。そして、自分の嫌な部分を知っているその人まで
もが嫌になった。ただの八つ当たりだが、これだけ嫌なところや汚
いところを知られてしまっていると思うと、いい顔ができなくなっ
た。そうすることがしらじらしく、馬鹿らしく、感じられたのであ
る。最後は嫌な顔だけで暮らし、嫌な顔で別れた。そんな自分がほ
とほと嫌になった。  そのころ、ときどき会う男のひとがいた。もともとそれほどお互
いのことを知らなかったうえに、ときどきしか会わないのだから、
私はいつもいい顔をした。いちばんいい服を着、念入りに顔を作り、
動作や言葉のひとつにまで気を配るようにした。相手は私のことを
いいもののように見た。いいもののように見られ、いいもののよう
に扱われ、私は得意になった。  自分を普通に扱ってくれる人よりも、特別扱いしてくれる人と一
緒にいるほうが、そりゃ気分がいいに決まっている。すぐに会いた
くなり、たくさん一緒にいたくなる。そのうち、切実にその人のこ
とが欲しくなった。でも、こっちはそうでも相手はそうではない。
つれない相手に対して徐々に不満がつのってくる。あなたは私の何
を見ているの、なぜ気づかないの、どうして私がこんなになってる
のかわからないの。理不尽に怒りさえこみあげてくる。しかし、そ
の不満や怒りを相手にぶつけることはできない。そうすれば終わり
だ。彼は、いい顔をしている私を気に入っているのだから。面倒な
ことを言いだし、泣いたり怒ったりしはじめたら、会いたいなんて
思うわけがない。死ぬほど好きなのだが、言ったら終わり。言わず
に関係を続けるには今まで通りいい顔をしているしかない。言って
終わりになるならそれまでのこと、と覚悟を決めたはいいが、終わ
りにするのはいつでもできる、できるところまで虚勢を張り通して
少しでも長く一緒にいたい、と思ってしまい、結局覚悟のほども見
せず、虚勢も張り通せず、うやむやのまま一緒にいる時間がつらく
なり、不機嫌になり、会わなくなった。  私はその人の、何になりたかったのだろうか。正妻のような位置
になりたかったのか。なりたかった。頭の中では結婚とか、そんな
ようなことまでしたいくらいに思っていた。しかし、そうなったら
いい顔なんかしていられなくなる。正妻になったらなったで、また
いい顔をしていられる相手を求めて別の男を求めてしまうのではな
いか。  たまにしか会わない相手になら、いくらでも自分を魅力的に見せ
ることができる。男の人がよく外に愛人を作るのは、愛人の女が若
いとか美人とか魅力的だとかセックスがうまいとかの理由だけでな
く、愛人の目に自分が魅力的な男としてうつっているのがたまらな
く嬉しいから、というのがあるのではないか。男に限らず、人妻の
不倫の理由はたいがい「夫は私を女として見てくれない」である。
相手の男や女が好みだとか、すごいいい男だとかいい女だとか、そ
ういうことだけで夢中になっているのではなく、相手が自分に欲情
し、自分を求め、自分に会って喜んでいたりすることがたまらない
のではないか。  私は好きな男にとって、都合のいい愛人のような、そんな存在で
いたいと思う。いいところだけの、可愛いだけの、めんどくさくな
い、そういう女。私にもてていることを男が自信や自慢に思うよう
な。いい気分になりたいときに会いにいくような、そんな女だ。  そんな女になっているときは、楽しい。相手が楽しんでいてくれ
るのが嬉しい。触れてはいけないところには触れず、この人は私に
はこうして優しくしてくれているけれど、ほんとうは恐いところの
ある人だなぁ、などと自分の知らないその人について考える。仕事
には厳しいんだろうなぁ、とか、人当たりは柔らかいけど絶対信念
は曲げないような気がするなぁ、とか、自分には決して向けられる
ことのないその人の怒りや、悲しみや、どろどろした部分のことを
考える。そしてだんだん、それを見られないことが淋しくなる。い
い顔をしてないその人を見てみたくなる。私もいい女ヅラなど振り
捨てて、枕やかばんなど投げつけてののしりあってみたくなる。あ
んた、何なのよ。あたしのこと何だと思ってるのよ。あたしだって
あたしだって文句ぐらいあるわよ。だいたい何なのよ。これだけ見
てあたしのことわかったつもりになってんじゃないでしょうね。喧
嘩もふっかけてくれないなんて、あんまりにもあたしのことを、舐
めてるんじゃないですか。あたしだってねぇ、枕ぐらい投げますよ。
あんたに刺さることば、言いたくもなりますよ。だって、そんなこ
ともないんじゃ、あんまり、あんまり淋しいじゃないですか。  楽しいだけのことは、軽いんだろうか。そういうことじゃないの
か。わからない。楽しいだけじゃなく、重たい、のっぴきならない
関係になることの、一体何がいいんだろうか。日常どっぷり共にし
て、はたき合ったりののしりあったりして、裏の裏まで知ってしま
う、そういうことには、楽しさとは違う味わいが、あるのかもしれ
ない。それが、家庭を持つとか結婚するとかいうことなのだろうか。
いい顔ばっかりしてだまし合うあさはかな楽しみも捨てがたいが、
いけ好かないが離れられない男と顔つきあわせてやっていくのも、
なんとも言えず面白そうな、そんな気もするのである。”

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うわあ

すごく私の思ってたことを代弁してくれているような

(via wcrop, krkwsrk-deactivated20160122)

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