highlandvalley: “「行きつけのバー」男なら誰しもが憧れるだろうが、そう簡単には手に入らないソレ。僕が手に入れたきっかけは、なかなかに面白いものだった。大学卒業後、某メーカーの営業職に就…

highlandvalley:

“「行きつけのバー」男なら誰しもが憧れるだろうが、そう簡単には手に入らないソレ。僕が手に入れたきっかけは、なかなかに面白いものだった。大学卒業後、某メーカーの営業職に就職した僕だが、とある日の外回りで危機的な状況に陥っていた。「ヤバイ……。う○こしたい……下痢っぽい……」夕方を過ぎ、最後の訪問先に向かう寂れた商店街で、僕は冷や汗をかきながらトイレを探していた。しかし周囲はシャッターの閉じた店ばかり。トイレを貸してくれそうな店はない。(こうなったら路地裏でぶっ放すしかないか……)そう思った時に目の前で店のシャッターを開ける、年の頃60位だろうか、自分の父親と同じくらいの男性がいた。僕はなりふり構わず、その男性に「すみません。お腹を下してしまって、トイレを貸してはいただけないでしょうか」と、持ちうる限り最大限の丁寧さでお願いした。すると男性は、「いいけど、なんか飲んでって。ここ、バーだから」と、真顔で答えた。(この人、腹を下してる人間に何を言ってるんだ……)内心、おかしな人に当たってしまった、と思いつつも、「しかし、この後まだ営業先に行かなくてはいけないので、お飲み物の代金をお支払する形ではダメでしょうか」と提案すると、「じゃあ帰りに飲みに来て。ここはバーで、トイレじゃないんだ」男性はそういうと僕を店内に手招きした。(そうなると、僕は帰りにここに寄らずに、そのまま帰ることもできるのに、なんだかとても変わった人だなぁ)そう思いつつ、トイレを済ませると、「では、帰りに寄らせてもらいます」そう言って僕は店を出た。訪問先の滞在時間が延びたこともあり、約束は覚えていたけれど面倒だから帰ろうかなとも思った。けれど、ちょっと様子を見てみよう、そんな気になって、僕は帰りにその店の前を通った。ガラスがはめられたドアをそっと覗くと、夕方の男性が一人でカウンター内でタバコを吸っていた。やはりというか、当然だが、この店のマスターだろう。正直に言うと、その姿があまりにもカッコよく、様になっていて、僕は無意識の内にドアを開けていた。マスターは僕を一瞥すると、「あんた、変わってるね」と無表情に言った。(それはあなたの方では……)と思っていると、マスターはグラスを出しながら続けた。「寄らずに帰ろうと思えば帰れた。けれどあんたはここに来た。あんたいい人だ。今日は店を休もうと思ったけど、開けてよかったよ」そういって丸氷を入れたグラスにお酒を注いだ。「あんたがこの店で最初に飲む酒は、これが良い」目の前に琥珀色より少しばかり深く落ち着いた、何とも美しい色のお酒が出された。当時、酒を全く知らなかった僕は、とりあえず値段が怖くなり、「お幾らですか?」と財布を出しながら聞いた。マスターは「俺は一杯飲んでけ、と言っただけで、金をとるとは言ってないこの一杯はプレゼントだ」と優しく笑った。その後、僕はこのバーに足しげく通い、色々な人と知り合った。マスターから見ればまだまだヒヨっ子だが、大人になり、結婚もし、いつか子供とこのバーに行きたいと思っていた。そんな矢先、マスターが亡くなった。いつだっただろうか、常連達でしっぽり飲んでいた夜、マスターが「なんだかインターネットに店が載ったみたいで、『落ち着いたバーですね。僕好きです』みたいな若造が増えた俺はそういう客は好かないんだ。機械による巡り合わせは好かないんだ」と、愚痴っぽく言っていたことがあった。僕も含め、何かしらおかしな巡り合わせでこの店とマスターと縁が出来た常連達は、必死にネットを探し、掲載元に記事を取り下げるように頼んだりした。けれど、大半のところは「言論(表現)の自由だ」と取り合ってくれなかった。そんな中、マスターが暫く店を休むと言った。今思えば、あの頃から体調が悪かったのかも知れない。そのまま復帰の知らせのないまま、常連仲間からマスターの訃報を聞いた。告別式はマスターらしい、参列者の少ないものだった。会場には見覚えのない女性が2人いて、話を聞くと離婚した元奥様と娘さんだった。マスターは自分の話を全くしない人で、「俺は既に天涯孤独だ」と言っていたので、我々はそれが本当だとてっきり信じていた。火葬の待ち時間、マスターの元奥さんと娘さんが「これを渡すように、と言われました」と僕に1本の酒を渡してきた。何でも亡くなる少し前に、マスターが2人に、僕に渡すように言付けたそうだ。具体的な商品名は控えるが、某日本メーカーのウイスキー(50年)と言えば、分かる人にはその価値がわかると思う。何故こんなものを僕に、と混乱していると、娘さんがバーで使われていた伝票を渡してきた。裏には走り書きの文字で、「あの日のウイスキー。あんたにあげる」そう書いてあった。ボトルはあの日僕が飲んだ一杯から、減っていなかった。僕は涙が止まらず、大人げなくその場に膝をついて嗚咽した。”

? 「行きつけのバー」のススメ (via rabbitboy)