熱病のように、セックスの数を打つことに熱中していた数年のことをとりたてて思いだすことはない。けれど、忘れたわけではないし、なかったことにできるとも思っていない。  初潮が来る前には、それなりに自分の見た…

nanaintheblue:

熱病のように、セックスの数を打つことに熱中していた数年のことをとりたてて思いだすことはない。けれど、忘れたわけではないし、なかったことにできるとも思っていない。
 初潮が来る前には、それなりに自分の見た目が人目を引くことは知っていた。勉強は大嫌いだったし、メイクと服くらいにしか興味がなくて、怠惰な性格で何を始めても長く続かなかったけれど、恋愛だけはやめられなかった。懲りなかった、と言いかえた方がいいかもしれない。
 頭がいいわけでもない、極めたいことがあるわけでもない、夢中になって取り組める趣味があるわけでもない――ただ、圧倒的に若くて、自分を良く見せる方法には長けていて、そして、とても暇だった。だから、その武器を最大限生かさなければと思った。主に、できるだけ条件がいい男の人と結婚するために。
 面白いくらい上手くいった。傲慢ではあってもプライドが高くないぶん、素でバカで善良な女の子のふりをする技術がすぐれていたからだと思う。本命の彼氏は別にいても、顔がいい男の子や有名大学を出ている男の子、芸能人かぶれの仕事をしている男の子といい雰囲気になれば、すぐに家に行って寝た。こんなポケモンもいるならじゃあゲットしとこう、くらいの感覚だった。SNSで似たような遊びを繰り返しては実況中継を垂れ流す女の子はたくさんいて、男性のスペックや連れていかれたレストランのレベルでひそかにマウントを取り合ったり逆にやっかんだりもした。
 一過性の熱病のようなものだと思う。そういうたぐいのアカウントで有名な子がある時「本命以外全部切って同棲始めました」とツイートして一切の更新をやめてしまったことをきっかけに、ほかのアカウントも更新頻度が落ちて、遊びの数を競うよりもいかに本命の恋人に愛されているか、結婚をほのめかされているか、惚気でマウントを取り合うフェーズに移行した。確かにもう遊びすぎてセックスも飽きたなあ、と澪自身もアカウントを削除して、遊び相手を見つけるためのアプリもすべて退会した。
 体力と時間と若さが有り余っている時に遊びつくして、若さを失いきらないうちに申し分ないプロフィールの男と結婚した。我ながら「器用だなあ」と思ったし、女としてこれ以上ない〈あがり〉だと思った。
2023.4

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