シッドモアは明治十年代の見分であるけれども、横浜近郊の杉田という梅の名所についてこう述べている。
「梅見の期間を除けば、杉田の存在はほとんど注目を引かない。……花が開くと杉田は休日の雰囲気をかもしだす。茶店も開けば、立て場茶屋もさっと姿を現わし、赤もうせん敷きの縁台をたくさん小森じゅうに並べる。……浜辺に向けて小舟が数珠つなぎになってゆっくりと進入し、丘はと見れば、人力車の縦列が何組ともなく越えてゆく。とぼとぼ歩いてやって来るのは巡礼さんだ。……この小さな村里を訪れる者が一日千人ということも珍しくない。……人込みなのに、万事が気品あり、落着きがあり、きちんとしている。枝もたわわな花の下に腰を掛け、沈思、夢想にふける人。梅花に寄せて一句を物し、書き留めた紙片を枝に結びつける人。こうした日本的な耽美ほどあか抜けした悦楽はないのだ」。? ? 渡辺京二著「逝きし世の面影」第十一章「風景とコスモス」より