shelter from the storm

このところ不安定な天気が続いていた。先日は自転車での帰り道15分くらい走ったところで雨が激しくなって、ちょうど半蔵門のあたりで雨宿り。しばらく経てば止むかと思いきや、30分以上降り続け、しまいには諦めてヌレネズミで走り始めたらアララ、四谷3丁目を過ぎるあたりからすっかり上がってた。んー局地的してもすごく狭い範囲だったのね。1時間近くも雨宿りするより、少し走ればよかったのかも。でもたまには真っ暗な空を時々見上げながらの雨宿りもいいもんです。

Yogiri

8月末の文字通り怒涛の雨模様が続くのかと思っていたが、9月になると、すっかり晴れ模様。1ヶ月ぶりに自転車通勤を再開することができた。夜勤だった8月はジテツー封印していたのだ。まだまだ昼間は暑いけれど朝の比較的涼しい時間と、陽が落ちた後に走れるから、夜勤明け睡眠不足で炎天下を走るのに比べたら随分と楽、それでも夜の湿気はかなりのものだが。

石原裕次郎主演の「夜霧よ今夜も有難う」(1967)を見る。冒頭のシーンからやられっぱばしだった。わたしはこの作品で「バタ臭い」の意味を完璧に理解したような気がした。またしても浅丘ルリ子が秀逸、素敵すぎる。四方田犬彦「アジアのなかの日本映画」にも書いてあったけど、「カサブランカ」をパクった作品とはいえ、これはもう別の映画でしょう。裕次郎の歌う主題歌とともに素晴らしい。こんな風に感じるのは年取ったせいなのだろうか。

近所のレンタルDVDで半額セールが始まったので、渡りに舟と「祇園囃子」、「太陽の季節」、「殺しの烙印」などを借り出す。「日本暴力列島 京阪神殺しの軍団」は残念ながらVHSしかなかったので諦めた。あとで調べてみるとまだDVD化されてないみたいなので、次の機会に必ず。

total: 9222.8km

movies

dsc_0053_02.jpg

吉田喜重「水で書かれた物語」。松竹から独立、そして岡田茉莉子と結婚後、最初の作品。岡田本人もインタビューで語っているように、母子のキャスティングに無理があるが、岡田なしでは成り立たなかったと思うから、ビジュアル的なギャップは脳内でフォローすべし。浅丘ルリ子の若さあふれる演技が華を添えていて素晴らしい。吉田の作品はまだ2作しか見てないけど、役柄とは別に女性がみな素敵に見えるように工夫されている。生き方とか、セリフ回しであったり、身のこなしの演出があきらかに女性に重きを置いていて、何かキレがある感じ、いいっす。言葉を変えればいわゆるナイスガイは出てこない、かろうじてナイスな元夫役の岸田森はすぐに死んでしまうし。元夫といえば、音楽は一柳慧。ジョン・レノンの前にオノ・ヨーコと結婚していたひとだ。

このあと、ケン・ローチの「麦の穂をゆらす風」をやっと見たけど、いまのわたしのモードにはまったく響かなかった、感情移入できん。これがローチ?これでパルムドール?・・・と思いながら見終わった。「やさしくキスをして」の方がよかったなあ。

rainy sky

dsc_0008_03.jpg

久しぶりにオートバイで通勤したら寒かった。しかも帰り道はすこし雨に降られる。

compass

dsc_0032_01.jpg

昨日の夜からずいぶんと涼しい、裏の竹やぶの方からは相変わらずセミの鳴き声が聞こえてくるけれど。夜勤からの帰り道、コンビニで買い物して出てきたところで、目の前で鳥の羽ばたきを感じた瞬間、鳥のフンを右肩に受け止めた。私のかすかな記憶によれば、子どものころに一度カバンに喰らったことがあったような気もする。人生で2度目。すぐに気がついて、ウェットティッシュ(最近は脂ぎった顔面を拭くのに適したものを携帯しているのだ)で、すかさず拭き取る。肩にフンを乗せたまま電車に乗ってしまう事態はどうにか避けることができた。それにしてもスゴイ確率だ。世界全体では1日に何人くらい鳥フン被害者が出てるのだろう。

8/20朝日読売新聞朝刊に掲載されていた是枝裕和監督のコラムは、倉敷保雄アナのスポーツ報道に関するエッセイ『スポーツ中継を殺す「放送の独占」と「過剰演出」』(日刊サイゾー)と基本的には同じ。伝える人間に関するクオリティ・コントロール。少し長いけど引用。

テレビの仕事をする上で大切なのは口ではなく、目と耳であると、昔先輩に教えられたことがある。対象のそばでじっと凝視し、その声に耳を傾けること。共感は必要だが、一体化は批評性を失う。対象になりかわって伝え手が雄弁に語ってしまうと、逆に彼の内部に無口に存在していたドラマは、死ぬ。伝え手が感動を口にし、涙を流した瞬間に、テレビの前の視聴者は逆に自らの目と耳をふさぐのだ、と。これは倫理ではなく、テクニックの問題である。

さすが映画監督、表現がナイーブ。だが、最後にキツイ言葉で締めくくっている。

伝える側が優れたコンパスと目と耳を持たなければ、祭りの素晴らしさはすぐに偏狭なナショナリズムと陳腐な浪花節にその姿を変えてしまうだろう。

こういう記事が全国紙に掲載される時代になってきたんだなあ。「祭り」とはもちろんオリンピックのこと。一方でナショナリズムのどこが悪い、という意見も声高に叫ばれているような気もするが・・・。是枝監督や倉敷アナの意見が、偏狭ナショナリズムとチンプ浪花節の前に消えてしまわないよう祈ろう。

okura

dsc_0005_03.jpg

長男が小学校でオクラを育てていたのが、実を結んだ。実際に生えている様子を写真に撮るのを逃してしまったが、尖がっている方が上に向いて、ちょうど花の真ん中の部分にくっついている感じ。初めて見たときには、ちょっと感動。納豆ソバの具として一緒に食べた長男は、ひとこと、「おいしい」とのこと。ま、オクラだからね。食べたときの感動はそうでもなかったみたい。

Akitsu onsen (1962)

岡田茉莉子の映画出演百本記念として製作された「秋津温泉」。共演は長門裕之。この人は当時、本当にスターだったのね、との認識を新たにする。成瀬「浮雲」同様のグダグダ路線で、何でこれがわざわざ記念の映画なんだよ、という印象がなきにしもあらずだが、カメラ(成島東一郎)がいい。とくに上の写真シーンは素晴らしい。そして岡田茉莉子の年を重ねてダメダメになっていく演技がスゴイ、これが当時29歳。長門のキレのないセリフとの対比で岡田の良さが際立つようになってる。監督の吉田喜重はこの作品から2年後に結婚してるから、撮影当時はそれこそ気持ちいっぱいで取り組んでたんだろうなあ。

on the beach

dsc_0047_02.jpg

気になる逗子のブラジル風、海の家でイベントがあるというので、次男を連れて出かけてみた。が、昨日までの暑さとは打って変ってすっかり涼しい風の吹く逗子海岸、おまけに雨まで降ってきた。次男は砂山を作って存分に楽しんだし、喘息気味ということもあり、結局イベント開始前にもかかわらず引き上げてしまった。それにしても店の前にはブラジル人と思しき人たちが、老若男女たくさん集まって、ポルトガル語がフツーに飛び交ってたのが印象的。

海上ではウィンド・サーファーたちがたくさん風を受けているのを見ながら、海というのは波音以外は全体に静かなんだなあ、とあらためて思う。普段住んでいるところも東京にしては十分静かなのだが、ときおり電車の通過する音や緊急車両の鳴らすサイレン、リサイクルを呼びかける回収業者などの宣伝文句があらゆる方向から聞こえてくる。ところが、ビーチに座っていると、周りではしゃぐ若者たちの声のほか、海の方向からはほとんど音がない、ような気がした。はじめてベニスにいったときにも感じたのは、東京にいると必ず聞こえていた自動車の音がまるっきりなく、ものすごく静かな場所なんだなという印象だったのを思い出した。

逗子海岸沿いに自動車道路が走っているので、もちろんその方角からは騒音が聞こえてくるし、若者たちの楽しそうな声、DJのかけてる音楽など、さまざまな音がやって来る。ただ海の方角からはしずかな波音だけなのだ。4方向のうち1方向だけが静か。それがいっそう静穏感を高める。

それにしても新宿湘南ラインがずいぶんと便利だった。ビール飲んでいようが、居眠りしてようが、運んでくれる電車は本当に楽チンだ。

lunch delivery

dsc_0056_01.jpg

午前中、次男を連れて長男のサッカー練習に弁当届けに行く。昨日久しぶりに練習に行った長男は、今朝起きると体のあちこちに筋肉痛を訴えていたが、真夏の太陽が照りつける校庭で楽しそうにプレーしてた。

lukewarm beer

dscn3759.jpg

夜勤明けの帰り道にビールを買って、家に着いて飲んでみたらすっかりぬるくなってた。これが猛暑の味なのか。四方田犬彦の「アジアのなかの日本映画」を読みつつ昼寝。最近は日本映画が面白い。以前読みきれなかったので再度借り出し中なのだ。先日、鈴木清順監督「河内カルメン」をみて、野川由美子の堂に入った演技に感心させられた。溝口健二の「赤線地帯」も面白かったし。しっかし昔のスターが持ってたオーラは、いまのタレントとは比較にならない。小金井のレンタルショップでも最近は日本映画のラインナップが充実してきているので、少しずつだが見ていきたい。