Tweets on 2009-08-14

  • 勤務終了。小諸そばでうどんをすする #food #
  • いつもと違って静かな日本橋エリア。季節感があっていい #town #
  • 鶏焼き、野菜の揚げびたしをおいしくいただきました。きょうはこれから仕事なので酒が飲めないのが残念 #food #
  • 子どもたちと風呂ったー #kids #
  • これから仕事に向かう #

Tweets on 2009-08-12

Tweets on 2009-08-11

La Seine

池澤夏樹がフランスでの生活をつづった文章をまとめた「セーヌの川辺」。わたしはこのひとの小説よりもこういったエッセイやルポの方が好き。とくに読書や作家に関するコメントには、読んでみたいーと思わせる力があるのです。今回はロレンス・ダレル「アレクサンドリア四重奏」が彼の作家としての発火点であったこと、20歳で衝撃を受けたポール・ニザンのこと、そのほかフィレンツェで訪れたドゥオーモに託して彼自身の創作スタイルの一端が書かれてたり、とても興味深かった。西脇順三郎の「Ambarvalia」が出てきたときには、なんというシンクロニシティ・・・と。そしてもちろんフランスという国の成り立ちや、そこに暮らす人々の考え方、「自由、平等、友愛」の意味が分かりやすく説明されていて秀逸。

博覧強記ぶりはあいかわらずだけれど、下記ちょっと疑問に思った部分もいくつかあり。

  • 「日本料理では長時間の加熱という手法がない」 p.45
  • ラーメンは長時間加熱をしてスープをとる立派な日本料理、国民食だと私は思う。あとカツヲ節って長時間加熱しなかったっけ?何をもって「日本料理」とするかの定義がないままだと、説得力に欠ける。

  • 「日本では人は一神教の神を知らないままに生きてきた」 p.200
  • 外部からの文化、文明の移入について日本ほど積極的な国はないと思うが、そんな国のひとたちが一神教を知らないわけがない。ただ日本という風土に馴染まなかった、もしくは理解しようとしなかっただけじゃなかろうか。白川静の「日本人は宗教を超越しとる」という表現の方が納得いく。

  • 「モンスーン地帯にある日本では人は自然をそのままにして愛でることを習慣にしてきた」 p.290
  • 源氏物語を読んでいる限りそんなことはない。荒れ果てた邸がどれだけ寂しく、評判を落とすかが書かれてる。むしろバランスが大事で、何が何でも自然そのままを愛でてたことはないと思う。

  • 「なぜ日本では川や運河が発達しなかったかを考えてみよう」 p.292
  • 江戸や堺では商業が盛んになると同時に運河が都市部の物流を支えていたという認識だったので、この記述には違和感を覚えた。宮本常一「塩の道」にも日本の河川が輸送に果たした重要な役割が書かれていたはず。今はすっかり失われてるが。

こうやって書き出してみると、日本についての記述が多い。ただ以上は自分の為のメモであって、この本の価値を貶めるものではない。この本でみつけた、知ることになった事は、これから先たくさんの楽しみをもたらしてくれそうな、そんな期待を感じるとてもいい本だと思う。なのでメモっとかないとね。

松岡正剛の「アレクサンドリア四重奏」レビュー

That’s What Love Will Make You Do

ことしのツール・ド・フランスは、堪能とまではいかなかったけれど、それなりに楽しめた。先日ドーピング検査陽性のニュースが出たものの、期間中じゃなかったせいか、それほどインパクトがなかった気がする。仕事終わって帰ってきて、リラックスしながらツールのステージを観戦する、なんという贅沢。選手たちは期間中、ほぼ毎日走り続けるので、その疲労とか消耗とか半端ないだろう。それでもピレネーを登り、アルプスを登り、平坦地は時速40、50キロとかで駆け抜ける。3週間のうちに3500キロって、並みの人間じゃない。わたしが同じ距離を走ろうと思ったら半年以上かかる。しかも平坦地のみで。

それで想起されたのがジェリーのこと。沢田研二ではなく、ガルシアの方。最近Jerry Garcia Bandの1978年に行われたライブの全録音をコンプリートシェアしようというプロジェクトが進行中で、先日その第1弾が公開された。1978-02-18> 1978-03-16という期間で9.46GB。全部で25GB前後という膨大な量だ。このおっさんはGrateful Deadという怪物バンドのリーダーでもあるわけだが、その活動とは別に自分のバンド、そのほか時間の許す限りあらゆるセッションに参加していたツワモノ中のツワモノ。しかも78年は前年の映画制作時から常習しはじめたクスリの影響下にあったはず(このころのドラッグへの没入が彼の寿命を縮めたとわたしは解釈してる)。そんななか80年代前半には徐々にパフォーマンスの質を落としていったらしいのだが、78年時点での演奏を聴くとそんなことは微塵も感じさせない。むしろ最近のわたしのお気に入りでさえある。これはいったいどういうことなのか?当時の録音を聴くにつけ、「ジェリーは常人じゃない」感は高まるばかりである。最近のツールではドーピングした選手は資格を剥奪されるが、ドーピングしまくったジェリーがステージ出入り禁止にならずにホントによかった。結果的に彼の音楽人生を縮めることになったとしたら残念だけれど。

彼の命日に。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jerry_Garcia