sustainable culture

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石原裕次郎嵐を呼ぶ男をようやくDVDで見る。このころはとにかく四六時中タバコをふかすというのがカッコよかったらしい。そんな茶々は置いておいて、裕次郎はもちろん金子信雄が最高にいい。楽しめる映画である。つっこみどころ満載なのは、いまとは映画のポジションが違うのだから意味が無い。1957年12月23日 – NHK金沢放送局が日本海側初のテレビ放送を開始。という記述があるくらい映画が娯楽メディアとしてはまさに王様だったときの作品だ。何でもいいが、いまのTVドラマ、たとえば「特命なんちゃら只野なんとか」と比較するのがいい。あれって荒唐無稽でリアリティよりも楽しさでしょ?だから当時の日活映画が提供してたのは、月9ドラマでキムタクのドラマを放送しているのと同じだと思う。みんな「ありえねえだろ」と思いつつもダラダラ見てしまう。昔は家にTVが無かったから映画館に行っただけの話。

たしか四方田犬彦が書いていたような気がするけど、日本の映画批評家たちはクロサワとかオヅとかのアーティスティックな作品単体については多く語ってきたが、当時の日活映画がアジア全域に及ぼした影響とか世相世俗背景との関係を踏まえた映画論など聞いたことがない。少なくとも裕次郎についてこれまで私が持っていたイメージといえば、彼は七曲署のボスであって、それは「ゆうたろう」のデフォルメした芸とほぼ同じようなものだった。だからたまに日活はすごかったとか、裕次郎が死んでなお多くの日本人にとって憧れのアイコンであり続けると聞いたり、読んだりしても、それは骨董とかアンティークの世界で、私の生きている空間時間とはあまり関係がなさそうと思ってた。

でもいまテレビをつければジャニーズ事務所に所属するタレントを目にしないことがないように、当時は日活とかその他、競合する映画会社の送り出すスターたちがその嚆矢としてスクリーンに出ずっぱりだったわけで、翻ってみれば木村拓哉もいつか七曲署のボスとしてブラインドから外を覗いたり、ブランデーグラスを手にしてたりする日が来ないとも知れないのだ。そして、それを見た未来の子どもたちはキムタクという名前だけは聞いたことのある俳優が、その昔、歌を唄って踊り、映画、テレビ、広告に出演してどれくらい人気があったかなんて知る由もない。こうして世代間のカルチャーギャップはずっと埋まることがなく引き継がれていく。本来は批評家と呼ばれる人たちが、そういうギャップに橋渡しできる言葉を持って大衆文化というか、カルチャーの使い捨てはなくすのがいいと思う。とはいえ、わたしの生活がジャニーズと何か関係があるとは思えないけど。

だから、最近わたしは新聞の広告で時々目にする小林旭のショーを見たいと思っていたりする。マイトガイも70歳なんだよなあ。生レイ・チャールズと生ジェイムズ・ブラウンを見逃しているので、芸能生活55周年記念コンサートツアーも始まるし見逃すわけにいかない。しかし、1発目の東京フォーラムは仕事で行けないや 😥

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