恋というのはうじうじして神経質で無意味で、馬鹿げた妄想に満ちており、食事もチェロの練習も睡眠さえも、どうやってするのか忘れたかのようにぎこちなくなって、誰もなんにもいわれてないのに、恥ずかしくなったり腹…

nanaintheblue:

恋というのはうじうじして神経質で無意味で、馬鹿げた妄想に満ちており、食事もチェロの練習も睡眠さえも、どうやってするのか忘れたかのようにぎこちなくなって、誰もなんにもいわれてないのに、恥ずかしくなったり腹立たしくなったりする、そんな陰湿な感情の総体だ。その陰湿さの理由も僕には判っていた。世界中に何十億人もいる女性の中から、たった一人をこちらの勝手で選び出し、この人でなければ駄目だと、取り替えのきかない存在にしてしまうこと。その容赦ないエゴイズムは、当然のことながら相手の身になって考えてもいないし、どんな理屈も受けつけず、いかなる賢人の言葉にも耳を貸さない。それは最初から反社会的な、 非民主的な、レヴェルの低い身勝手な感情であって、だから現実の世界からは拒否されることは、あらかじめ決まっているものなのだ。――当の相手が、その感情を受け入れてくれない限りは。

藤谷治「船に乗れ!I」(JIVE 2008)

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