knead a dough
先日買ったことをすっかり忘れてまた全粒粉買ってしまったので、妻がしかたなく捏ねて、焼いてくれた。イチジク、くるみなどいれて出来は上々、クリームチーズを塗っておいすぃ。本当はわたしと次男で始める予定だったパン作りだったけれど、すっかり食べるだけになっている。妻曰くパンの世界は奥が深いそうだ。
February 6, 2010 No Comments
La Seine
池澤夏樹がフランスでの生活をつづった文章をまとめた「セーヌの川辺」。わたしはこのひとの小説よりもこういったエッセイやルポの方が好き。とくに読書や作家に関するコメントには、読んでみたいーと思わせる力があるのです。今回はロレンス・ダレル「アレクサンドリア四重奏」が彼の作家としての発火点であったこと、20歳で衝撃を受けたポール・ニザンのこと、そのほかフィレンツェで訪れたドゥオーモに託して彼自身の創作スタイルの一端が書かれてたり、とても興味深かった。西脇順三郎の「Ambarvalia」が出てきたときには、なんというシンクロニシティ・・・と。そしてもちろんフランスという国の成り立ちや、そこに暮らす人々の考え方、「自由、平等、友愛」の意味が分かりやすく説明されていて秀逸。
博覧強記ぶりはあいかわらずだけれど、下記ちょっと疑問に思った部分もいくつかあり。
- 「日本料理では長時間の加熱という手法がない」 p.45
- 「日本では人は一神教の神を知らないままに生きてきた」 p.200
- 「モンスーン地帯にある日本では人は自然をそのままにして愛でることを習慣にしてきた」 p.290
- 「なぜ日本では川や運河が発達しなかったかを考えてみよう」 p.292
ラーメンは長時間加熱をしてスープをとる立派な日本料理、国民食だと私は思う。あとカツヲ節って長時間加熱しなかったっけ?何をもって「日本料理」とするかの定義がないままだと、説得力に欠ける。
外部からの文化、文明の移入について日本ほど積極的な国はないと思うが、そんな国のひとたちが一神教を知らないわけがない。ただ日本という風土に馴染まなかった、もしくは理解しようとしなかっただけじゃなかろうか。白川静の「日本人は宗教を超越しとる」という表現の方が納得いく。
源氏物語を読んでいる限りそんなことはない。荒れ果てた邸がどれだけ寂しく、評判を落とすかが書かれてる。むしろバランスが大事で、何が何でも自然そのままを愛でてたことはないと思う。
江戸や堺では商業が盛んになると同時に運河が都市部の物流を支えていたという認識だったので、この記述には違和感を覚えた。宮本常一「塩の道」にも日本の河川が輸送に果たした重要な役割が書かれていたはず。今はすっかり失われてるが。
こうやって書き出してみると、日本についての記述が多い。ただ以上は自分の為のメモであって、この本の価値を貶めるものではない。この本でみつけた、知ることになった事は、これから先たくさんの楽しみをもたらしてくれそうな、そんな期待を感じるとてもいい本だと思う。なのでメモっとかないとね。
August 11, 2009 No Comments
A dinner at Kanda
ラーメン あたみは神田駅のそばにある変わった店だ。忙しくて夕食を逃していたわたしが仕事帰りの道すがら、何か食べるものはないかと探していたところに飛び込んできたのが黄色い旗の「あたみ」。予定としてはガード下にある有名な卵料理の店、もしくはクイックな吉野家という感じだった。しかしラーメンも悪くない、と店先に出てるメニューを見てみると比較的安い値段で食べられることが分かったので、ちょっと奥まった入り口へと向かった。「夜はお酒飲めます」という但し書きが気になったが。
そして、はめ込みガラスの引き戸を開けると、そこはには仕事帰りのおじさんたちが焼酎を傾けながらラーメンをすする姿があった。当たり前か。しかし、ラーメンのメニューはあるのに、飲み物のメニューは店内を見回しても見つからない。あすも仕事だから飲む気もなかったので、とくに気にしなかったが、どこかで見たようなブランド焼酎の一升瓶が一番目立つところに並べてあり、焼酎が売りなことが分かる。
そして、わたしは野菜ラーメンをチョイス。650円。自家製麺にしては安い。そしてこのエリアには私が人生でもっともマズいと感じたラーメン屋もあったので、不安がないわけではなかったが、それはそれと腹をくくって待つ。主人は悠々とフライ返しを手にすると、使い込んだためか、はたまたそれがスタイルなのか先端が激しく反り返った金属部分を使って不器用な感じで野菜を炒めると、つぎは麺にかかった。
おーこれが自家製なのかと思うまもなくお湯に投入され、しばし待つこと3分くらい。しかし、まだ上げない。それからしばらく麺を慈しむようにお湯の中でかき混ぜ続けるオヤジ。あー失敗したか・・・という思いが頭を過ぎる。椎名誠の本を読んで、ラーメン屋に緊張感があってはいけないと書いてあったが、ここはそんな緊張感とは無縁な世界である。いつまでたっても麺をゆで続けるマスター。あれじゃグダグダ麺になっちゃう、と半分あきらめたころようやくスープを準備、満を持して麺を器に上げると先ほどの先端が反り返ったフライ返しでまたまた不器用に野菜を盛る。ここまでで私の期待値はかなり低くなっていた。
そしてようやく私の目の前にレンゲを添えられて登場。
スープをヒトすすり。悪くない。そして麺をほお張った次の瞬間、ムムム。こ、こ、これはいったい。どういうわけなのか。この腰はいったい。麺がウマイ。野菜も歯ごたえを残した絶妙の炒め具合。これはおいしい。あとはゆっくり味わいながら最後までいただいた。店のプレゼンテーションとこのラーメンの完成度。なかなか結びつかないと思う。夜23時までの営業は呑み助オリエンテッドな姿勢ながら、店の中にはラーメンのメニューのみというわけが少し分かった。ここはラーメン屋なのであって、けっして飲み屋ではない。あしたは酒を頼んでみよう。
July 2, 2009 No Comments
The Wrestler
映画「レスラー」泣きました。ミッキー・ローク主演の映画で自分が泣くことになるとは思わなかった。ほんとは「グラン・トリノ」見たかったのだが、もう影も形もなし。しかたなく、といった感じで、妻も半分クエスチョンマークを頭の上にくっつけていたけれど、町山智浩の2008年ベスト映画の記事を見せたり、ヴェネツィア映画祭で金獅子賞を受賞してることなど説明して同行に同意を得る。
しかし立川Cinema Cityはスクリーンの数が多く、場所も別れているので、もっときちんと調べておくべきだった。Webで予約してテキトーにあたりをつけてスタートぎりぎりに到着したら、違う場所を指示され、すでに上映開始時間を過ぎているので次回以降の上映になると言われ、見てみれば次は16:00。さすがに6時間も待つことはできない、と伝えると、窓口の女性はすぐに上映館のスタッフに電話連絡してくれて、遅れて2名途中入場できるよう手配してくれた。すばらしい、使えるスタッフだ。立川Cinema Cityブラボー!
で、ドリンクも買わず(というかカウンターはすでに片付けられてた)、駆けつけたらちょうどオープニング・クレジットが終わるところ。まどぎわ通信を読むと、その冒頭のシークエンスが重要らしいのだが、見逃したものはしょうがない。ただ、それがなくても主人公の置かれた境遇は、パイプ椅子に腰掛けてうなだれるミッキー・ロークの背中ですぐに理解できる。プロレスの世界もユーモアたっぷり、というかユーモアあふれるプロレスの世界を愛情を持って描いているところも好きだ。そして日本で先日亡くなったレスラーのことを思い浮かべながら、複雑な気持ちで見終わった。
家族という社会のセーフティネットはメンテナンスなしでは肝心なときに機能しない。だから、リスクが高くても、より居心地のいい「現実」を選択せざるを得ないんだよ、四の五の言っても痛いのはヤダからね、というのがこの映画のメッセージ。・・・なのだろうか。そんな悲しいプロットがロークにフィットしすぎだ。ホント泣ける。齢を重ねて相変わらず可愛らしいマリサ・トメイも、どん底の不安感を顔面に作って秀逸。
帰り道にラーメンスクウェアでつけ麺、妻はラーメン食べた。ここは、店の入れ替えを前提にしているのだろうか、インテリアとラーメンの印象がちぐはぐな空間だった。やはり店の雰囲気は、細部まで含めて、その味に影響を与える重要な要素なのだ。
June 23, 2009 No Comments
Taste of Thailand
昨夜は昔の仕事仲間と新宿で会食。3丁目にある安くておいしいタイ料理の店だった。もうみな10年以上ラジオの仕事に関わっている。この業界は産業としてはトホホな状態が続いていて、わたしも数年前に別の業界に転職してしまったけれど、楽しい仕事であることには変わりないから、機会があればまた携わってみたい気持ちはある。だから好きな人は辛抱強く、よりよい番組とか楽しい時間を作り出そうと努力しているのが分かる。それでも最近雑誌などで「ラジオ大好き!」といったような特集を目にするたびに、あーこれはもう相当やばいんだろうな、と逆に変なことを想像してしまう。許認可業務である日本のラジオ放送局にいい人材がいないのだと思う。
平川克美の手がける「ラジオデイズ」は素晴らしいと思うが、彼を番組に出すインターFMはちょっと安易過ぎる。そんな話をしてたら、最近はラジオをどうやって聴くのか分からない人が増えてるんじゃないかと。あ、そりゃそうだ。Webで「ラジオデイズ」を検索すれば、一発でたどり着いてメインのコンテンツを手に入れることができるが、日本のラジオ局の場合はまだそこまでいってない。ラジオを取り出して、周波数を合わせなきゃ聴けない。Webで聴けるのは放送されなかった部分だとか、オマケの部分でしかない。私が携わってた番組は、本放送終了後に内容をWebにアップロードすることにしていたので、ある意味オンデマンドであったけど、ギャップはなくならない。
海外だとTEDとか、国内であれば東京ポッド許可局とか、わたしはインターネットで定期的にチェックする「番組」はあるが、スポーツ中継を除くとTVやラジオではすぐに思い浮かばない。あ、あった。NHK FMのウィークエンドサンシャイン。ホストのピーター・バラカンがラジオの楽しい部分を体現してると思う。中波はチェックさえしてないから、不勉強の謗りは免れないが。日本のラジオは音楽業界と同じくマーケット規模に比べて、そこに生活の糧を求める人が多すぎるのだ。いっそ、日本のラジオ局はみんなインターネットラジオにしちゃえばいいのに、なんてね。
June 11, 2009 No Comments







