book-music-book
予備のタイヤがなかったので、久しぶり電車通勤な一日は先週の木曜日。最近は自転車通勤の方が楽に感じる、電車だと本が読めるのがいいんだけどね。
駅について職場まで15分程度歩くあいだは携帯電話に仕込んである音楽を聴きながら。天気のよい朝にDillard & ClarkのThrough the Morning Through the Nightはぴったりだった。
仕事帰りに立ち寄った神田駅前のいずみ書店の店頭には水嶋ヒロの単行本が売り切れたとの告知あり。Amazonのレビューが異常な盛り上がりだけど、こんど図書館で借りてみようかしら。そのとなりにヒロが表紙の雑誌Switchの広告、なんだかなあ。わが国の出版業界がかなり切羽詰ってるということなのだろう。
なんでこんなことになってるのか?という疑問にある程度答えてくれる平川克美の経済成長という病 (講談社現代新書)を通勤列車の中で読む。基本的な部分では内田樹が普段から言ってることとの共有点が多く、既読感のある文章が続く。ただ内田の書く文章に比べると、ずっとナイーブな感じがするのはなぜでせう。それは内田が学問、平川がビジネスの世界で生きてきたという違いが影響しているのか。どちらも不特定多数の人間を相手に自分の考えを説明しなければならない機会が多いと想像するが、それぞれのオーソドクシーの必要量の違いが語り口に反映されているのだろう。
てんてこ舞いなシフトを終え、家に帰り着いて風呂に入りながらゆっくりと細雪 (中公文庫)を読んでみたら、やっぱりすごいや潤一郎、となった。
ところで11月の自転車走行距離は336.25km。夜勤だったので少なめ。
December 21, 2010 No Comments
fall out
先日、自転車通勤途上浜田山付近の歩道を走行中、雨にぬれたU字溝のメッシュカバーの端っこに乗った後輪がスリップ、あっという間にコケた。久々の落車だ(自転車の場合はこう言う)。身体の左側から落ちて、全体重が集中した鎖骨が折れたかと思うほどの衝撃だったけれど、一日経って掃除洗濯など左腕の起動時に痛みを感じるほかは、左腰の軽い打撲、左ひざの擦過傷くらいか。あまり重傷ぽく振舞うと酒も飲みにくいし、家族も心配するので、極力普段どおりに過ごそうっと。
それにしても、そのときの井の頭通りは自動車であふれ、通勤通学途上の人たちもいて相当カッコ悪かったなと思う。自転車は左のブレーキの小部品が吹っ飛んで、バーテープが一部ささくれ立った。そのほかはとくに不具合がなさそうなので、とりあえず痛みをこらえながら走って職場にたどり着くことができた。しかし、こんな日に限ってデスクワーク以外の荷物の受け取りだとか、開梱など腕を使う機会が多かったのには閉口した。そして何とかシフトを終え、仕事場からさあ帰ろうってときに前輪がパンクしてるのを発見。交換して走り出したものの、携帯の小型ポンプしかなくて空気圧がいつもより少なく(腕が痛かったのもある)、またチューブラーなので接着面の強度に不安があるため、いつもよりゆっくり目で安全運転で帰る。と書いていて、タイヤの再接着をしなきゃ、と思い出した。
対論・異色昭和史 (PHP新書)は鶴見俊輔と上坂冬子による「雑談」を収録している。この本を読んで残ったものは鶴見が後藤新平の孫で、日本の学校は小学校まで不良やっていて、その後アメリカの教育を受け、成績優秀でハーバード卒。上坂冬子がトヨタの社員だったことくらいだった。なんだか自慢話を延々聞かされてる気分だが、新書だからこんな軽い感じでいいのか。だいたい彼らの業績をこんな新書1冊で判断しちゃいけないよなと、うすうす感じるけど、もし私がまったく彼らのことを知らずにこの本を読んだとして、じゃあ鶴見や上坂の本気の仕事をのぞいてみようという気にならないと思う。残念な本だった。
December 13, 2010 No Comments
what i’ve got in july
7月に読んだり、観たりしたもの
ユリアと魔法の都
いまや絶滅の危機に瀕しているオトナが作った童話。内容はもちろん、装丁、イラストなど、トータルですばらしい。こういう空気感て私が子どものころには普通にあったのになあ。いまはとんと見かけない。「背教者ユリアヌス」の立派な装丁本を近所の古本屋で買い逃したのが、いまだに悔しい。童話といえば雑誌「飛ぶ教室」最新刊は読み応えのある特集で、ちょっとずつ読んでる。
書店で偶然手にとってプチ談志ブーム。
談志の落語 五 (静山社文庫)
ほんとはDVDで観たい、いやナマで観たいところだが、テキストで我慢。それでも伝わってくるのが談志のエキス。
人生、成り行き―談志一代記
弟子の中ではとくに志の輔を評価しているのが新鮮というか意外だった、へーそーなんだ。先日MXテレビで再放送していた石原慎太郎都知事との対談番組を見たら、死にたいって繰り返してるわりに、まだまだイケそうな感じでほっとした。
サンタクロースの秘密 (serica books)
アメリカとか資本主義、クリスマスの関係。ざっくりとした内容しか覚えてないや。もっかい読も。
若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)
後半にいくにしたがってマルクスの引用が多くなり、わたしにはつらい展開だった。河上肇の「第二貧乏物語」のほうが好き。
その第二貧乏物語は、図書館で見かけて装丁がかっちょいいので借りてみたやつ。マルクスへ何度も体当たりして一生懸命考えてる著者に好感が持てる。8章以降、架空のダイアローグになってからが俄然楽しい。
山猫理髪店―別役実童話集 三一書房
いまアマゾンじゃ買えないのね、へへ。吉祥寺の古本屋「百年」のエサ箱(格安品コーナー)にて見つけた逸品。別役作品は子どもの頃ラジオでよく聴いていた。少し毒を含んだストーリーが少年の心に響いたのだろう。この本は若きスズキコージが表紙を担当していて味わい深い。もちろん中身も。とくにサーカス・シリーズが秀逸。
Toy Story 3
過去2作品は子どもたちと一緒に何度も観ていて、キャラクターの設定とか完全に頭に入ってるので、冒頭から没入できた。諦観した彼らが手をつないで落ちていくシーンは泣ける。
寝盗られ宗介
PFFの若松孝二特集での上映。Web Diceでプレゼント応募したら当たったので、四半世紀ぶりに京橋のフィルムセンターへ出かけた。たぶん新しくなってから初めてだと思う。原田芳雄、藤谷美和子のメインキャストをはじめ、脇役、セットなど完成度がとても高い。阪本順治セレクトの作品ということで、本編終了後に若松監督と阪本監督による対談がセットアップされていて、製作時のエピソードなど楽しく聴けたが、何より若松監督の人柄、おおらかさ、厳しさ、勤勉さなどがうかがい知れて、とても印象に残った。キャタピラーも観ないとな。
August 5, 2010 No Comments
6月に読んだ本とか映画などメモ
- 田村修一 「オシム 勝つ日本」
- 立川談志 「世間はやかん」
- 吉行和子 「ひとり語り 女優というものは」
- 幸田文 「おとうと」
いま書店に並んでいる数あるオシム本のうちの1冊。以下、印象に残ったオシム大先生の言の葉。
日本では子供が、非常にしばしば対戦相手なしにトレーニングする。それだけですでによくない。選手にしても同じで、相手なしの練習に慣れてしまうのは危険だ。サッカーには常に敵がいるからだ。
コレ、自分の子どものサッカー練習を見るといつも思ってた。ひざを打ったよ、おとーさん。
テクニカルな選手が3人以上いたら、プレーはとてもエレガントになる。しかし人々はサッカーはそれだけエレガントになれるのだということを、なかなか理解しない。バレエと同じ芸術でもあるのだということを。サッカー選手になるためには、まずサッカー選手に生まれる必要がある。練習で努力するだけではなく、才能にも恵まれる必要がある。
至言かと。
何かを完全に変えようとしたとき、それが何であるにせよ一撃で変えるのはもの凄く難しい。首脳やコーチたち、選手に自分の考えを話して、彼らを納得させねばならないし、彼らにも違った考え方をする機会、彼らが自分自身のやり方でトライできるチャンスを与えねばならない。そうでないと成功は難しいし、全員に自分の考えを行き渡らせることもできない。
こういう考え方って大事だと思うが、なかなか実行できない。
各章の扉に一言書いてあって、一番気に入ったのがコレ
花火屋のローレンス
6月30日付 毎日新聞夕刊にインタビューが載っていたが、ずっと舞台をやってきて、そのほとんどで収益を上げられなかったということを知って驚いている。この本では厳しい台所事情の舞台運営を嘆くことよりも、それが彼女をどれだけ豊かにし、楽しかったに比重が置かれているために、読後感は清清しい。ユニークな家庭環境に生まれ育ったことからくる家族への思い、兄(淳之介)の小説がいまだにつらくて読めないというナイーブな面も印象的だ。とはいえ、全体を通じてザ・芸能界の一部を垣間見たような気がするのはなぜだろう。ちなみに、わたしは吉行淳之介の小説を別の意味で読み通すことができないが、いまの私にはまだフィットしないだけなのだと思うことにしてる。彼が篠山紀信と作ったヴェニス 光と影―ヴェニスに漂う“死の予感”と“官能の名残り”はけっこう好きだけど。
はからずも涙が出た。息子の臨終に立ち会う父親なんて、想像しただけで泣けてくるじゃないか。山田洋次監督の同名映画の原作かと思ってましたが、違うようで。なぜかホッとした。市川崑が岸恵子で作ったのが正解、いまから50年前。わたしくらいが解説なしで読める最後の世代じゃなかろうかという時代の雰囲気、家族のかたち。そんなことないのかな。この作品の前に書かれた「流れる」よりも、ハまりました。
これだけだっけな。図書館に返してしまうと、自分の記憶しかない。それはそれで必要なものだけが残ってると考えればいいのかもしれないが、それにしても衰えてきてるから、もうちょっと記録しておかないとアカンな。なんだか損した気分だ。このときとか、これ、それからコイツでけっこう本を返却してるから、明らかに上のリストから漏れてる本があるはず。ま、いっか。
3D版「アリス」はティム・バートンも焼きが回ったなと思った。とにかく薄味なんだよ。クレイアニメでリメイクしてくれ、頼む。
歌舞伎町でみた「エンター・ザ・ボイド」にはグッときた。前作「アレックス」を見たときに、どーしてここまで暴力、残酷さを前面に押し出すのか?そのインパクトばかりが印象に残って、わたしには長年ノドに刺さった小骨みたいだったけれど、今回の「ボイド」みて分かりました。ランディ田口のTweetは置いておくとして、彼のメッセージは「いまそこにある愛こそすべてへカウントダウン」と勝手に納得。逆ジョンレノンなのね。Uplink浅井社長曰く「劇場で見るべし」との言葉に、新宿駅からダッシュしただけの甲斐があったいい映画でした。
日本代表に関して。
かつてないほど充実したワールドカップだったのではなかろうか。98年は初めてで何だか落ち着かないまま終了。02年は出来過ぎでウワっついてるうちに終了。06年は自信過剰で終了。今回がもっとも平常心で、とにかく勝つためにプレーしていたように見える。それにしても本大会までの戦いぶりはいったい・・・何だったのか。本番で敵を欺くために、まずは味方からというわけか。そうだとしたら、岡ちゃんスゲーよ。
July 1, 2010 No Comments
reading: May-2010
ジロ見ながら書いてる。ブレシアってペップがバルサのあとに行ってた町じゃん。
日本語で読むということは、亡びるときを読んだあと、じゃあ何読めばいいんだろねーというキモチに応えてくれるカタログ本。そのなかに幸田文を絶賛するのを読んで流れる (新潮文庫)で、失われてしまったであろう江戸、東京を堪能させていただいた。私はかろうじてこの作品の世界のもつ雰囲気を理解できるが、わたしたちの子どもたち世代には詳細な註解なしにはもはや解読不能だろう。すでに亡びの世界なのだ。ちなみに、図書館で借りたこの本には、どうしてここに?というところに鉛筆で傍線がたくさん引かれていたが、わたしにとってはどれも的外れなのがかえって印象に残った。「雪丸が」というフレーズだけに傍線ってどういうことなのだろ・・・、けっきょくいちいち消しゴムで消去しながら読んだ。図書館の本に書き込むってどういう神経してんだよ、まったく。
新訂 福翁自伝 (岩波文庫)は、最高に面白い。福澤諭吉は明治時代の内田裕也なのね、生きざまがロックンロール。そもそも何で手に取ったかは忘れたけど、昭和のエートスを読んでだったけかな、内田樹のブログで読んだ記事に引用されていたからかも。「エートス」は、もう図書館に返却しちゃったので確認できないが、カミュをきちんと読んでみたくなったことを覚えておこう。それと、やはり同じ本で紹介されてた明治人物閑話 (中公文庫)をいま読解中。
ハワーズ・エンドは、歳とって再読してはじめて分かった味わい。グレイトフル・デッドとか、ザ・バンド、ゲーンズブールとかに通じる感覚とでも言おうか。そういう意味じゃ幸田文と同じで、いまどきの子どもにゃ到底分からんだろ。ちょうど100年前に発表されたらしい。
この流れで次はジェーン・オースティンを読んでみたくなってる。いちおう図書館で予約したけど、近所の古本屋に高慢と偏見 (河出文庫)が半額で出てるのを発見、買っちまったほうがよいのか悩み中。それにしても、どうしてオレはこう、後ろ向きなのかね。音楽にしろ、文学にしろ。ルイス・マンフォードが歴史の都市明日の都市 (1969年)で、過去に学ぶ助走がなけりゃ未来への飛躍もないよ、って書いてるのが心の支え。
May 27, 2010 No Comments




