Brown Eyed Handsome Man

BrownEyedHandsomeMan

最近はアマゾンを利用することが多かったけれども久しぶりにアメリカのオンラインCDショップで買い物をした。カントリー系の音を中心にしたお店で、知らない名前がたくさん並んでいるけれども、サンプル音源とユニークな解説が読んでいて楽しい。
今回買った中でもっとも楽しんでいるのはアメリカ、セントルイスのコミュニティ・ラジオ局KDHXが企画したチャック・ベリーのトリビュート・アルバム。パッケージから選曲、アーティストのバラエティに富んでいることなど、ものすごくクオリティの高さを感じる。これが、一コミュニティ・ラジオの生んだ商品というのだから、まったく恐れ入る。こんな素敵なCDを日本のメジャー局、レコード会社が出せるのだろうか。バラカンさんの番組以外ではかかりそうもないし。まあ無理かもね。でもアマゾンで買える・・・

Brown Eyed Handsome Man: St Louis…

FridayNight

FridayNight

時の過ぎるのは早いもの、先週とある集まりで六本木で朝まで過ごすことになった。昔はもっと歌えたと思うカラオケとか、懐かしい感じがした。多分に自分が齢を重ねたということも大きいと思うけれども、今から10年前、もうバブルも終わってたころなのに、いわゆる「底抜け感」が全然違っていた。あの頃はどうして、あそこまで意味もなく盛り上がれたのか?そのころ一緒に仕事をさせてもらった方たちと、お互い「あれは何だったのか?」と話すこともあるが、実際何が変ったのだろうか。もちろん時代が変ったといえばその通りだし、ひとりものが新しい家族の一員となり、取り巻く環境が大きく変り、それにつれて考え方、何がプライオリティなのかということが不可逆的な地殻変動を引き起したとも言える。それはごく自然なことだろう。そして、大事なものだけが残っていくのだろうか。

Mr. Incredible

incredible

長男とともに吹き替え版で見た。行きの車の中では、中村一義の百式ニューアルバムを試すが、いまいち。ディペッシュ・モードのリミックス・アルバムの方がいまはフィットする。長男も気に入った模様。平日の初回ということでガラガラのシネコンにて、巨大なポップコーン・バケツと飲み物を抱えて鑑賞する。途中、2・3箇所で「怖い」と言って引いていたが、大体はいつものように集中して見ていた。父親役の声優が三浦友和というエンド・クレジットに、反応する観客多し。よく出来てます、笑えます。ただ、わたしは予告編で十分という感じでした。ピクサーって、完璧を目指すあまり逆に心を揺り動かされるような作品を生み出せていないような気がします。ティム・バートン製作の「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」の肌触りみたいなものが欲しい。ランチは怜さんオムライス、私は坦々麺。素材としてはたいしたもの使ってないだろうし、心を揺さぶる食事ではなかったけど、子どもと一緒だとおいしいものです。ということで帰りのミュージックはCCR。ボックスセットから1970年の録音を集めたディスクを聴く。ミネラル豊富な音楽です。息子はジョン・フォガティの甲高いヴォーカルを聴きながら居眠り。なんとも幸せな一日でした。

Mr. インクレディブル 公式サイト

IT

rey

いつまで続くか分かりませんが、データ・センターでネットワーク管理の仕事をはじめました。研修が終わり、たったひとりで12時間にわたってアジアのネットワーク監視、メンテナンスの手伝いをしています。さっきはシドニーのスタッフと話しましたが、強いなまりで聞き取るのに苦労しました。インドとオーストラリアの英語が合わさって、それはもうスパイシーな響きが感じられました。

リー・ストリンガーという作家の「グランドセントラル駅・冬」という本を読みはじめました、NYでデザイン事務所を構えるまでになった作者が、いつしかドラッグにおぼれてホームレスとして街を彷徨うというダメダメな内容ですが、とても惹きつけられる文章です。

Saipan

Saipan

12月のはじめにサイパンへ家族旅行に行ったのが、何だか遠い昔のような気がする。今になって、日が落ちてひんやりした空気の中をひとり歩いていると家族と共に過ごした時間が余計懐かしい。 旅に出るとつい未知のカルチャーを探し求めてしまうものだが、今回はそういったものに遭遇する機会がほとんどなかった。しかし人間が暮らすところ、おいしいものを安く食べるとか、ローカルのイベントに参加するとか、時間をかければ可能なのだろうと思う。そういう意味でサイパンは私のような家族旅行には逆にハードルの高い行き先なのかもしれない。

Memo

nihonbashi

「サラエヴォでゴドーを待ちながら」というエッセイは「この時代に想う テロへの眼差し」という本に載っているエピソード。著者のスーザン・ソンタグが、戦争状態にあるサラエヴォに出かけていって、物資も照明も足りないところでベケットの「ゴドーを待ちながら」を演出したときのルポ。人間として生きるために芸術は絶対に必要なのか。

そして、アーヴィングのサイダーハウス・ルールも終盤に差し掛かっている。これも戦争が大きな影を落としているストーリー。

ジョン・フォガティの新作をアマゾンで購入。Deja Vu All Over Again 全編34分というコンパクトなアルバム。今年唯一購入したCDとなるかも。ジョン・フォガティとブライアン・ウィルソンて似てる。どちらも最初のグループには親族がメンバーにいたし、本人はグループを抜けたあとも断続的に活動を続けていて、最近はジョン・フォガティが反ブッシュ・キャンペーンのためにオーガナイズされたツアーに参加しました。またブライアンは来年早々に日本を訪れる予定です。

China

avenue

「考える高校生のためのサイト」というサブタイトルのついたMammo.tvに載っていた富坂聰さんというジャーナリストのインタヴューは興味深いです。

例えば「ブッシュはバカだ」とよく言われますが、それでも一応は大統領選を経て選ばれたという強みがあります。政権担当者に正当性があります。しかし、中国共産党の独裁体制はそういう民主的な手続きを経ていません。では、何が権力を保証しているかというと、かつて中国が欧米や日本に侵略され、蹂躙されていたときそれを救ったのは共産党であった。それしかないのです。だから政権の正当性は?と問われるとその原点に戻って行くしかない。

今年行なわれたサッカーのアジア・カップで、日本人に対する嫌悪感をあからさまに示したホスト国、中国の人たち。中国に渦巻く反日感情の激しさがクローズアップされました。また首相が靖国神社に参拝することに対し、頑なに反対し続ける理由が、このインタヴューを読んで少し分かったような気がする。

911

fedex

先日、ブックオフで100円で売っていたので当時話題になっていたチョムスキーの911を読んだ。(ポルシェの話ではない)たまたま図書館でもスーザン・ソンタグの「テロへのまなざし」を借りていて、もう3年も前の事件にやっと自分が追いついて、ふむふむと学ぶ日々。
チョムスキーの「911」はテロ国家としてのアメリカが浮き彫りにされたある意味ショッキングなインタビュー集だ。こういった本が日本でも翻訳されるほど話題になって、ある程度売れたということが、国としての深さなのか。本来ならふり返って日本のことを考えるのが筋だが、そんなときにガイドとなってくれるものはパッと思い浮かばなかった。そしてブッシュ再選後の先見日記片岡義男の記事を読み、日本がどんな人物に国の行方を託しているのか、ひとつの見方を提示しているなあと感心した。
今度「華氏911」のDVD借りてこようっと:wink:

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Tamagawa
教習所のすぐ裏は多摩川河川敷なのだ

右足のハムストリング(太もも裏)肉離れからほぼ1ヶ月ぶりにバイク教習へ行った。コースはあまりよく覚えていなかったが、何とか最終段階も修了することができた。あとは卒業検定を残すのみ。自動車に比べると、かなり難易度の高い技術を要求されると感じたけれど、体が若ければ楽勝なのかもね。